第9話 時坂杏奈と伝説セット

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。射的名人。



「射的名人? スリングショットのこと? やらない、やらない。あんなので景品撃ったら、景品壊れちゃうでしょ」


 杏奈は何も無い空を見、少しだけフォローした。


 

「ちょっと! 逮捕ってどういうことよ! わたしは何もしてないわよ!」

「やかましい! 勝手に城のタル、ぶっ壊しやがって! オマエは何様なにさまだ!」


 杏奈はエドモント城の牢屋の鉄棒越しに、若い番兵と言い争った。

 事の発端は、ほんの、二時間ほど前にさかのぼる。


 昼時ひるどきだったこともあって、杏奈はエドモントに着いて、まっすぐ食堂に入った。

 そこで、オススメ料理、エリンのサンドイッチを食べていたときのことだ。

 杏奈のすぐ近くの席に座った男性二人組が、昼食をとりながら話している内容が耳に入ってきた。


 ちなみにエリンというのは、エドモント湖で捕れる魚だ。

 杏奈の手元に届いたときには、唐揚げ状態でパンに挟まれていた為、元の形は分からないが、甘辛ソースがほどよく絡まり、とても美味しかった。


「エドモント城で宝物展ほうもつてんが開催されているらしいぜ」

「へぇ。なんか面白いものでも飾ってあるのかい?」

「それなんだが、今回の目玉は、なんと、五百年前に現れたっていう勇者の装備なんだよ」

「魔王を倒したときに装備してたものを見れるのか? そいつは凄いな。まぁ、勇者じゃなきゃ装備出来ない代物だろうから、俺たち一般人には無用の品だが、ちょっと見てみたいものではあるな」

「だろ? たった、千リンで入場出来るっていうから、行ってみようぜ」


 宝物展かぁ……。

 勇者しか装備出来ないものなら、わたしになら装備出来るってことよね。

 よし、いただいちゃおう。

 食べ終わった杏奈は、真っ直ぐエドモント城に向かった。



 エドモント城は、エドモントに突き出す形で建っていた。

 その為、お城に行くには、湖から伸びる橋を渡る必要がある。

 尚、エドモントの町は、湖をグルリと囲うように配置されている。

 お城を中心に発生した町なのだろう。


 杏奈は、お城に向かう他の人たちに混じって、橋を渡った。

 一応、武器を持った門番がいるが、役割は門番というより係員だ。

 

 結構人がいっぱいいる。

 城は、町の人に広く開かれているようだ。

 色んなところで領主の印象が耳に入ってきたが、どれもこれも良い印象ばかりだ。

 慕われているらしい。

 うん、いけ好かない。


 橋を渡って城の中に入ると、そこは大広間だった。

 顔が映るくらいピカピカな大理石の床。

 天井から幾つも下がった大きなシャンデリア。

 その大広間に、お客の案内用にヒモをくくりつけたポールが幾つも設置されている。


 みんながポールに沿って歩く中、杏奈はヒモをくぐって列から出た。

 何人かはいぶかしげな顔を向けたが、トイレか連れとの合流か、何か別の用事だとでも思ったのだろう。

 誰にも誰何すいかされることなく、他の扉をくぐった。 

 

 扉の先は、通路だった。

 通路の左右にいくつも扉が設置されている。


 杏奈は一番手前の扉を開けた。

 リネン室だ。

 棚に、シーツやタオルが山ほど乗っている。

 杏奈は一瞥してドアを閉めた。


 次に、隣のドアを開けた。

 タルが並んでいる。

 フタが開いているタルが幾つかある。

 中身はイモのようなモノと何かの根菜だ。

 

 ふと、部屋の隅に置いてある、何も書いていないタルが目に入った。

 そっと蹴ってみる。

 揺れる。

 あまり重くなさそうだ。

 途端に中身が気になってきた。

 杏奈はタルをそっと持ち上げ、床に叩きつけた。


 バッキャーーン!


 思った以上に大きな音がした。

 おおぅ。

 何かのタネが飛び散る。

 何だろ。香辛料か何かかな。

 ……ま、いいや。次いこう。


 バッキャーーン!


 今度の中身は粉だ。

 白い粉。

 末端価格おいくら? なーんて、そんなわけ無いわね。ふふっ。

 あーー、結構散らばってしまった。

 ……ま、いいや。次いこう。


 次の瞬間。


「何ごとかーーーー!」


 扉が勢いよく開かれた。

 門のところにいた門番が数名、血相を変えて入ってくる。

 杏奈がキョトン顔で出迎える。

 

 部屋は、ひどい有様だ。

 白い粉が、床だけでなく、壁にまで飛び散っている。

 床は床で、木片やタネ、粉で足の踏み場も無い。 

 片付けが大変そう。

 片付けするのは、わたしじゃないからいいけど。 

  

 門番たちの頭からは、湯気が大量に溢れ出ている。

 杏奈はニッコリ笑った。

 エヘ。



 おっかしいなぁ。

 城でタルっていったら、割るでしょ?

 だって、色んなゲームで主人公が割ってるじゃない。 

 なんで怒られるんだろ。

 

「で。名前は?」

「アンナ。アルザリアのアンナ。勇者よ」

「勇者が泥棒やっちゃダメだろう」

「いや、泥棒じゃないよ。だって、そういうシステムじゃん?」

「システムってなんだよ!」

「まぁ落ち着けよ、エリック。オレはこの嬢ちゃんが自称した勇者って言葉が気に掛かる。話してもらおうじゃないか」


 一緒に立っていた少し年配の門番が、先ほどからキレまくっていた若い門番に声を掛ける。


「そうか。ふっふっふ。勇者を自称するのなら、証拠を見せてもらおうじゃないか。 さぁ、ほら。魔王と戦う勇者なら、奇跡とか起こせるんだろ?」


 若い門番が牢屋の鉄棒越しに杏奈を挑発する。

 

「カッチーーン」

「ん? 今なんか言ったか?」


 奇跡? わたしに起こせる奇跡って言ったら、無敵防御と即死攻撃くらい?

 何だかムカついてきたわね。

 幸い、武器は取り上げられてないことだし、

 よし、こいつらみんな殺しちゃおっか。


『ちょぉぉぉぉぉぉぉお!あなた、バカなんですか?』

「うわ、何だこりゃぁぁぁぁぁぁあ!」

  

 杏奈の真後ろに、白の貫頭衣を着た女神ユーレリアが現れる。


『杏奈さん! 勇者が人を殺めちゃダメでしょ! そんなの常識じゃないですか!』

「考えただけだって! 本気でるわけないじゃない。心配性なんだから」

『あなたに限っては、心配しすぎることないわ。あぁもぅ、人選間違えちゃったかなぁ……』

「……あの、あなたひょっとして女神さまかい?」

「ちょっと! いいの? 見られちゃって」

『いっけない、杏奈さんがおかしなこと考えるから、つい出現しちゃいました。あーー、あなた達、この人は正真正銘、勇者です。わたしが任命しました。ちょっと、いや、かなり常識に欠けるところがあるけど、許してあげてください』


 女神ユーレリアが光となって消えた。

 杏奈が門番たちの方に振り返る。


「だってさ。さ、ここ開けて」

「わ、分かった。今開ける」


 杏奈とやりあった若い門番がカギを開ける。

 杏奈はその脇を通って通路に出ようとして、足を止めた。

 ジト目で若い門番を睨む。

  

「ごめんなさいは?」

「は?」

「泥棒と勘違いしたわけでしょ? そこは、ごめんなさいじゃないの?」

「くっ!」


 杏奈の余裕顔と門番の苦虫を潰した顔が交差する。


「でも、泥棒したことに代わりは無いわけで!」

「泥棒じゃないわ。タルをちょっと壊しちゃっただけよ、不幸な事故で。ここの常識ではあり得ないのかもしれないけど、わたしの田舎では普通のことなのよ。つまり、仕方ない、ってこと。さ、謝罪は?」 

「ご、ごめん……なさい……」

「おーーっほっほ! おーーーーっほっほっほ!」


 杏奈の完全勝利の笑い声が、部屋中に響き渡った。



「よくぞ来てくれた、勇者よ。若い女性の身でありながら女神に指名されるとは、余程凄い武芸をお持ちなのだろうな」

「まぁね。なんたって、女神に指名されるぐらいなので」


 杏奈がドヤ顔で答える。

 杏奈の前で喋っているのはここの領主、エドモント公だ。

 門番からの報告を受けたエドモント公が是非会いたいと杏奈を呼んだのだ。

 

 警備なのか、先ほどの門番たちも周囲に控えている。

 杏奈に謝罪した若い門番が凄い形相で杏奈を睨んでいる。

 視線で人を殺せるなら、こんな形相になるだろう。

 でも杏奈は気にもしない。


「わたしも女神に会いたかった。さぞかしお美しかったのだろうな。残念だ。あぁ、そうそう。お前たち、アレを運んでくれないか」


 エドモント公の合図で兵士が何名か部屋を出ていく。

 やがて戻ってきた兵士たちは、座布団に乗ったアイテムを二つ持ってきた。

 杏奈の目の前に置かれる。


「五百年前に現れた勇者が、魔王と戦ったときに身に着けていた装備だ。従者が預かり、大切に保管してきた。その従者というのが、何を隠そう、我が先祖なのだが。この度の魔王退治でも、きっと貴女あなたの役に立ってくれるだろう。宝物展の目玉が無くなってしまって、皆には申し訳ないが、事情が事情だ。分かってくれるさ。さぁ、受け取ってくれ」

 

 杏奈はそこに置かれたモノを見た。

 一つは、銀色に光り輝く防具一式だった。

 勇者が置いていった後も、丁寧に整備していたのだろう。

 いつかまた、新たな勇者が必要とするときの為に。


 そして、一緒に置かれた大剣。

 さや意匠いしょうが素晴らしい。

 つかの根元には、キラキラ輝く、青い宝石がハマっている。

 まさに、勇者の剣だ。


 部屋にいる全ての人の視線が杏奈に集まる。

 杏奈は剣を手に取った。

 これは……。


「いらない」

「……は?」


 杏奈は勇者の残した剣を、座布団にポイっと放る。

 目を白黒させる領主を前に、杏奈は首をすくめてみせた。


「あたしの身長でこんな鎧、付けれると思う? アジャスト機能が付いていたとしても、重くって装備出来ないわ。剣も同じ。何百年かしたら、これが必要な勇者がまた現れるでしょ。今代こんだいの勇者は必要としませんでしたってことで」


 見る間に領主の顔色が青ざめてくる。


「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ。宝物展から装備を引き上げるとき、事情を言ってしまったぞ? 必要ありませんとなったら、絶対『偽物だったんじゃないか』と噂になるだろう。そしたら『あの領主は先祖代々、何を守ってきたんだ』って話になってしまう。頼むから持っていってくれ」

「そんなこと言われたって、装備も出来ないもの持っていけないわよ。重いし、かさばるし、邪魔でしょうがないじゃない。良かったわね、宝物展、続けられて。もう帰っていいかしら?」


 杏奈は、さっさと部屋の外に出た。

 門番たちのすぐ近くを通る際、杏奈とやり合った門番が血の涙を流しそうな表情をしているのを見た。

 もちろん、杏奈はガン無視して、城を後にした。



「聞いたか? 勇者にいらないって言われたんだって。あの装備品、ピカピカに磨かれていたけど、五百年間も何を守ってたんだろうな」

「かつがれたんじゃねぇの? ってか、領主の先祖が勇者の従者って話も眉唾ものじゃね?」

「かもな」


 杏奈は、再び町の食堂で食事をしていた。

 近くの席の客が、酒を飲みながら、笑って話をしている。

 『人の口に戸は立てられぬ』とは言うが、それは異世界でも同じなのだろう。

 

 杏奈は領主の顔を思い浮かべた。

 頭のキレそうな、それでいて現役の戦士としても戦えそうな、筋骨隆々とした人格者に見えた。

 この一件で評価ダダ下がりかもしれないけど、ま、しょうがない。

 杏奈はフっと笑って、ジョッキグラスの中の酒を飲み干した。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る