第8話 時坂杏奈とおニューの武器
【登場人物】
「ラッキー……。うん、まぁ周りの人からはそう見えるわよね」
杏奈は何も無い空を見、苦笑いを浮かべた。
「やっぱピンと来ない」
「そのへっぴり腰じゃなぁ。かえって自分が怪我しそうだ。ま、やめといた方がいいだろ」
杏奈はドリアナの町の武器屋にいた。
キャブリの町も大きかったが、ドリアナの町も同じくらい大きかった。
そこの武器屋だけあって、品数も豊富だ。
キャブリの町でゴブリン討伐をしたとき、鉄串をあっという間に使い切った。
しかも、手で投げるタイプの武器だから、戦闘中に腕が疲れてくる。
そういった反省点から、自前の武器を、もっと効率がよく、弾切れを起こさない何かに替える必要があると思ったのだ。
杏奈は店の隅に置いてある、鎧を着せたマネキンに向かって、店主に差し出された大剣を振ってみた。
だが、重すぎて、五回と振れなかった。
杏奈の武器に関してのスキルは、『攻撃の結果を変えられる』であって、『武器の重量を無視できる』では無い。
では、短剣はどうだろうか。
振ってみたが、どうにも上手く扱えない。
杏奈は地球では一人暮らしをしていたが、料理は作らなかった。
基本的にガサツで、お腹がいっぱいになればいいという考えなので、家で食べるものなど、コンビニ弁当やカップ麺ばかり。
だから、食器棚のお皿も長らく使っていないし、自宅の冷蔵庫の中身も、ビールやおつまみばかりで食材などまるで入っていない。
そんな生活だから、包丁もまともに扱えない。
ましてや、短剣など。
「剣って感じじゃあねぇな。打撃系武器を持ってるイメージが湧かねぇもん。弓はどうだ?」
杏奈は壁に掛かってあった弓を取った。
一メートルくらいの大きさの弓だ。
思ったほど重くない。
だが。
「むーーーー、くぁーーーーーー、ダメだぁ」
弦が硬すぎて引けない。
「んじゃ、こっちはどうだ。そいつよりは手軽で連射も効くぞ」
「何これ」
「ボウガンだ。引けるか?」
試してみる。
弓ほどではないが、やはり硬い。
一、二回ならともかく、それ以上となると、手が震えてくる。
「やっぱダメみたい。もうちょっと軽ければいいんだけど」
「見た感じ、近距離より遠距離の方がしっくり来てるな。だが、これより軽くってなるともうこのくらいしか……」
店主が引き出しから何かを取り出し、カウンターの上に置いた。
ゴムが付いた鉄製のパチンコだ。
腕に装着出来る仕様になっている。
「スリングショットだ。左腕に装着してみろ。それでも狩猟用だから、殺傷力もそれなりにある。ただ、矢のような貫く攻撃では無いから、弱点を的確に狙う必要がある。どうだ?」
杏奈はスリングショットを左腕にはめ、右手でゴムを引っ張った。
いける。
非力な杏奈でも連射出来そうだ。
折りたたみ式となっており、普段は左腕にバンドで留めておく仕様となっている。
発射モードにするのも、さほど手間が掛からない。
収納モードと発射モードを、何度か切り替えてみる。
慣れれば切り替えに、一秒と掛からないだろう。
「うん、悪くない。これにするわ。玉は鉄球?」
「規格品はこの鉄球だ。一番ポピュラーなタイプだから、どこの町の武器屋でも入手可能だ。いざとなれば、そこらに落ちてる石でも撃てるから、戦闘時の自由度は高いわな」
杏奈は、百発入りと書かれた小袋を持ってみた。
それほど重くない。
不意の戦闘用に、一袋をベルトに結び、予備弾をリュックに入れておけば、換装も簡単だろうし、重さもそれほど感じずに済みそうだ。
「いいわね。弾はとりあえず、三百発ほど頂こうかしら」
「毎度あり」
この買い物で急激に財布の中身が減ったが、それでも財布はまだ潤沢だ。
やはり、ゴブリン退治の報酬が大きかった。
ともあれ、こうして杏奈は、新しい武器を手に入れたのであった。
新しい武器を入手したら、それが極力早く手に馴染むよう、使い込む必要がある。
まして、杏奈は勇者。
魔王と敵対する者だ。
杏奈には無敵防御のスキルが付与されているが、敵は魔王だ。
何らかの手段でそれが無効化されることだって考えられる。
万が一、そんな状況に陥ったとき、武器も使い物にならないとなると、一巻の終わりだ。
チェックも入念にしておきたい。
杏奈は歩きながら手首を軽く振った。
カシャン、と音を立て、スリングショットが展開する。
レバーを引っ張りながら収納する。
また軽く手首を振って展開させる。
悪くない。
咄嗟の戦闘にも対応出来そうだ。
杏奈はちょうど横を通った隣町、エドモント行きの乗り合い馬車に飛び乗った。
本当は、自分専用の乗り物が欲しいところだが、さすがにそこまでの金は無い。
御者にコインを何枚か渡して、座席に座る。
杏奈の他にも、五名ほど乗客がいるが、席数に余裕があるので、問題なく座っていられる。
風を感じる。
このタイプの馬車は、荷台に座席を付けただけで屋根も無いので、自然の風を直で感じられる。
気持ちいい。
杏奈は席にふんぞり返り、目を閉じた。
何か、動物の吠え声が聞こえた。
杏奈は薄っすら目を開ける。
振動が激しい。
乗ったときののどかさとは、大違いだ。
確実に、馬車の速度が早くなっている。
他の乗客も異変に気づいたのか、ザワつき始める。
「なに? 何かあった?」
杏奈はそっと前に移動し、御者に声を掛けた。
御者が必死な顔つきで、
「イビルウルフの群れだ。この馬車に近づきつつある」
杏奈は周囲をグルリと見回した。
後ろだ。
何かの動物の群れが、土煙を上げて、どんどん近づきつつある。
その距離、約百メートル。
馬車は二頭立てだが、重い荷物を引いている。
この速度だと、馬がへばるのが先か、車輪の軸が折れるのが先か。
うん、その前に追いつかれるな。
ならば。
杏奈は最後尾に移動した。
乗客は、杏奈と御者以外、女子供ばかりだ。
不安そうな表情をした子供と目が合う。
杏奈はウィンクをしてみせる。
杏奈は荷台の上で仁王立ちした。
手首を軽く振って、スリングショットを展開する。
弾をセットし、発射状態を維持しようとするが、馬車の揺れが激し過ぎて、狙いが全く定まらない。
「速度落とせない?」
「そんなことしたら、食われるぞ!」
「ここで迎撃する。わたしを信じて!」
「しかし……えぇい、分かった! あんたを信じる! 頼んだぞ!」
馬車のスピードがガクンと落ちる。
距離二十メートル。
敵は二十匹。
よし、狙える。
杏奈は目を凝らした。
赤い目、尖ったツノ。
イビルと言うだけあって、魔物の特徴そのまんまね。
でもさ、魔王直属のヤツならともかく、この手の動物系の魔物ってきっと普通に生きてるんだよね。
殺害するのは極力避けたいなぁ……。
ツノをへし折ったら、戦意喪失してくれるかしら。
ヒュン!
バシーーーーン!
先頭のイビルウルフのツノがへし折られて、吹っ飛ぶ。
スキル補正もあるのだろうが、手投げした鉄串とは比較にならないほど、攻撃力が高い。
キャウーーーーン!
続けてもう一発!
後続のイビルウルフも、ツノを弾き飛ばされて倒れる。
つがえ、撃つ。
つがえ、撃つ。
杏奈は機械のような正確さで腰に結わえた袋から鉄玉を出し、撃った。
撃つ行為に迷いが無ければ、あとはスキルが補ってくれる。
「凄いな、姉ちゃん。百発百中じゃないか」
魔物が襲って来なくなったとみて、御者が馬車を止める。
杏奈はいつでも発射出来るよう、スリングショットの発射体勢を維持しつつ、イビルウルフにゆっくり近寄った。
イビルウルフは、ことごとく地に這っている。
ただし、ツノを折られただけだから、死んではいない。
痛みに耐えつつ、微かに動いている。
だが、杏奈の狙い通り戦闘意欲は無くなったようで、こちらには向かってこない。
「……目の赤みが取れてる?」
杏奈は思い切って、一番近くでプルプル震えているイビルウルフに近寄り、その背中を撫でてやりながら、顔をこちらに向けさせた。
「おい、姉ちゃん、危ないぞ!」
御者が剣を片手に、杏奈の近くまで来る。
あは。一応、わたしを守ろうとしてくれてるんだ。
馬車に残っている乗客が、じっと杏奈と御者の動きを見ている。
「ほら、邪気が抜けてる。普通の犬みたいな表情だよ」
「ホントだ。こいつはどうしたわけだ……。おい、姉ちゃん、あれ!」
杏奈は、御者に指差された先を見た。
ツノだ。
イビルウルフから外れたツノから触手が生えて、それが動いている。
杏奈はツノをそっとつまんでみた。
ツノの根元から出た触手が、ウニョウニョ動く。
う、気持ち悪っ。
杏奈はツノをポイっとその場に捨て、御者に合図する。
意図を汲み取った御者が、捨てられたツノを大剣で叩き潰す。
ツノの動きが止まった。
「そっか。こいつが宿ると、森の動物たちが魔物化するんだ。まず間違いなく、魔王の仕業でしょうね。ってことは、ツノを落とせば動物たちを解放出来るかも……」
「理屈は分かったが、戦闘でピンポイントにそこだけ狙えるなんてあんたぐらいだよ」
御者が落ちている他のツノを一個一個潰して歩く。
多少なりとも動けるようになったオオカミが、仲間を庇いつつ、一匹、また一匹と森の方へ去っていく。
彼らとて生き物である限り、食事は必要だ。
生きる為に他の生物を襲うこともあるだろう。
場合によっては、人間を襲うことだってあるかもしれない。
でも少なくとも、今開放した子たちは、今後魔王の手下として無闇に人を襲うことは無くなるだろう。
ならば、それでよし。
「さ、そろそろ出発するぞ」
「うん」
杏奈は馬車に戻り、自分の席に座った。
馬車は再び走り始めた。
エドモントの町は、城に併設されている。
御者からの情報だが、ここの領主は町の人たちに慕われている
良い領主だそうで、とりたててマイナスな情報は出て来なかった。
うん、いけ好かない。
杏奈は御者に礼を言って、馬車を降りた。
なにはともあれ、まずは腹ごしらえだ。
杏奈は人混みに向かって歩き出した。
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