第8話 時坂杏奈とおニューの武器

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。ラッキーウーマン。



「ラッキー……。うん、まぁ周りの人からはそう見えるわよね」


 杏奈は何も無い空を見、苦笑いを浮かべた。



「やっぱピンと来ない」 

「そのへっぴり腰じゃなぁ。かえって自分が怪我しそうだ。ま、やめといた方がいいだろ」


 杏奈はドリアナの町の武器屋にいた。

 キャブリの町も大きかったが、ドリアナの町も同じくらい大きかった。

 そこの武器屋だけあって、品数も豊富だ。

 

 キャブリの町でゴブリン討伐をしたとき、鉄串をあっという間に使い切った。

 しかも、手で投げるタイプの武器だから、戦闘中に腕が疲れてくる。

 そういった反省点から、自前の武器を、もっと効率がよく、弾切れを起こさない何かに替える必要があると思ったのだ。


 杏奈は店の隅に置いてある、鎧を着せたマネキンに向かって、店主に差し出された大剣を振ってみた。

 だが、重すぎて、五回と振れなかった。

 杏奈の武器に関してのスキルは、『攻撃の結果を変えられる』であって、『武器の重量を無視できる』では無い。


 では、短剣はどうだろうか。

 振ってみたが、どうにも上手く扱えない。

 

 杏奈は地球では一人暮らしをしていたが、料理は作らなかった。

 基本的にガサツで、お腹がいっぱいになればいいという考えなので、家で食べるものなど、コンビニ弁当やカップ麺ばかり。 

 

 だから、食器棚のお皿も長らく使っていないし、自宅の冷蔵庫の中身も、ビールやおつまみばかりで食材などまるで入っていない。 

 

 そんな生活だから、包丁もまともに扱えない。

 ましてや、短剣など。 

 

「剣って感じじゃあねぇな。打撃系武器を持ってるイメージが湧かねぇもん。弓はどうだ?」


 杏奈は壁に掛かってあった弓を取った。

 一メートルくらいの大きさの弓だ。

 思ったほど重くない。

 だが。


「むーーーー、くぁーーーーーー、ダメだぁ」


 弦が硬すぎて引けない。


「んじゃ、こっちはどうだ。そいつよりは手軽で連射も効くぞ」

「何これ」

「ボウガンだ。引けるか?」


 試してみる。

 弓ほどではないが、やはり硬い。

 一、二回ならともかく、それ以上となると、手が震えてくる。


「やっぱダメみたい。もうちょっと軽ければいいんだけど」

「見た感じ、近距離より遠距離の方がしっくり来てるな。だが、これより軽くってなるともうこのくらいしか……」


 店主が引き出しから何かを取り出し、カウンターの上に置いた。

 ゴムが付いた鉄製のパチンコだ。

 腕に装着出来る仕様になっている。

 

「スリングショットだ。左腕に装着してみろ。それでも狩猟用だから、殺傷力もそれなりにある。ただ、矢のような貫く攻撃では無いから、弱点を的確に狙う必要がある。どうだ?」 


 杏奈はスリングショットを左腕にはめ、右手でゴムを引っ張った。

 いける。

 非力な杏奈でも連射出来そうだ。 

 折りたたみ式となっており、普段は左腕にバンドで留めておく仕様となっている。

 発射モードにするのも、さほど手間が掛からない。

 

 収納モードと発射モードを、何度か切り替えてみる。

 慣れれば切り替えに、一秒と掛からないだろう。 


「うん、悪くない。これにするわ。玉は鉄球?」

「規格品はこの鉄球だ。一番ポピュラーなタイプだから、どこの町の武器屋でも入手可能だ。いざとなれば、そこらに落ちてる石でも撃てるから、戦闘時の自由度は高いわな」


 杏奈は、百発入りと書かれた小袋を持ってみた。

 それほど重くない。

 不意の戦闘用に、一袋をベルトに結び、予備弾をリュックに入れておけば、換装も簡単だろうし、重さもそれほど感じずに済みそうだ。


「いいわね。弾はとりあえず、三百発ほど頂こうかしら」

「毎度あり」


 この買い物で急激に財布の中身が減ったが、それでも財布はまだ潤沢だ。

 やはり、ゴブリン退治の報酬が大きかった。

 ともあれ、こうして杏奈は、新しい武器を手に入れたのであった。



 新しい武器を入手したら、それが極力早く手に馴染むよう、使い込む必要がある。

 まして、杏奈は勇者。

 魔王と敵対する者だ。

 

 杏奈には無敵防御のスキルが付与されているが、敵は魔王だ。

 何らかの手段でそれが無効化されることだって考えられる。

 万が一、そんな状況に陥ったとき、武器も使い物にならないとなると、一巻の終わりだ。

 チェックも入念にしておきたい。


 杏奈は歩きながら手首を軽く振った。

 カシャン、と音を立て、スリングショットが展開する。

 レバーを引っ張りながら収納する。

 また軽く手首を振って展開させる。


 悪くない。

 咄嗟の戦闘にも対応出来そうだ。


 杏奈はちょうど横を通った隣町、エドモント行きの乗り合い馬車に飛び乗った。

 本当は、自分専用の乗り物が欲しいところだが、さすがにそこまでの金は無い。

 御者にコインを何枚か渡して、座席に座る。

 杏奈の他にも、五名ほど乗客がいるが、席数に余裕があるので、問題なく座っていられる。


 風を感じる。

 このタイプの馬車は、荷台に座席を付けただけで屋根も無いので、自然の風を直で感じられる。

 気持ちいい。

 杏奈は席にふんぞり返り、目を閉じた。



 何か、動物の吠え声が聞こえた。

 杏奈は薄っすら目を開ける。

 振動が激しい。

 乗ったときののどかさとは、大違いだ。

 確実に、馬車の速度が早くなっている。

 他の乗客も異変に気づいたのか、ザワつき始める。


「なに? 何かあった?」


 杏奈はそっと前に移動し、御者に声を掛けた。

 御者が必死な顔つきで、手綱たずなを操っている。

 

「イビルウルフの群れだ。この馬車に近づきつつある」


 杏奈は周囲をグルリと見回した。

 後ろだ。

 何かの動物の群れが、土煙を上げて、どんどん近づきつつある。

 その距離、約百メートル。

 

 馬車は二頭立てだが、重い荷物を引いている。

 この速度だと、馬がへばるのが先か、車輪の軸が折れるのが先か。

 うん、その前に追いつかれるな。

 ならば。


 杏奈は最後尾に移動した。

 乗客は、杏奈と御者以外、女子供ばかりだ。

 不安そうな表情をした子供と目が合う。

 杏奈はウィンクをしてみせる。


 杏奈は荷台の上で仁王立ちした。

 手首を軽く振って、スリングショットを展開する。

 弾をセットし、発射状態を維持しようとするが、馬車の揺れが激し過ぎて、狙いが全く定まらない。


「速度落とせない?」

「そんなことしたら、食われるぞ!」

「ここで迎撃する。わたしを信じて!」

「しかし……えぇい、分かった! あんたを信じる! 頼んだぞ!」


 馬車のスピードがガクンと落ちる。

 距離二十メートル。

 敵は二十匹。

 よし、狙える。


 杏奈は目を凝らした。 

 赤い目、尖ったツノ。

 イビルと言うだけあって、魔物の特徴そのまんまね。

 

 でもさ、魔王直属のヤツならともかく、この手の動物系の魔物ってきっと普通に生きてるんだよね。

 殺害するのは極力避けたいなぁ……。

 ツノをへし折ったら、戦意喪失してくれるかしら。

 

 ヒュン!

 バシーーーーン!


 先頭のイビルウルフのツノがへし折られて、吹っ飛ぶ。

 スキル補正もあるのだろうが、手投げした鉄串とは比較にならないほど、攻撃力が高い。 


 キャウーーーーン! 


 続けてもう一発!

 後続のイビルウルフも、ツノを弾き飛ばされて倒れる。

 つがえ、撃つ。

 つがえ、撃つ。


 杏奈は機械のような正確さで腰に結わえた袋から鉄玉を出し、撃った。

 撃つ行為に迷いが無ければ、あとはスキルが補ってくれる。

 

「凄いな、姉ちゃん。百発百中じゃないか」


 魔物が襲って来なくなったとみて、御者が馬車を止める。

 杏奈はいつでも発射出来るよう、スリングショットの発射体勢を維持しつつ、イビルウルフにゆっくり近寄った。


 イビルウルフは、ことごとく地に這っている。

 ただし、ツノを折られただけだから、死んではいない。

 痛みに耐えつつ、微かに動いている。

 だが、杏奈の狙い通り戦闘意欲は無くなったようで、こちらには向かってこない。

 

「……目の赤みが取れてる?」


 杏奈は思い切って、一番近くでプルプル震えているイビルウルフに近寄り、その背中を撫でてやりながら、顔をこちらに向けさせた。


「おい、姉ちゃん、危ないぞ!」


 御者が剣を片手に、杏奈の近くまで来る。

 あは。一応、わたしを守ろうとしてくれてるんだ。

 馬車に残っている乗客が、じっと杏奈と御者の動きを見ている。


「ほら、邪気が抜けてる。普通の犬みたいな表情だよ」

「ホントだ。こいつはどうしたわけだ……。おい、姉ちゃん、あれ!」


 杏奈は、御者に指差された先を見た。

 ツノだ。


 イビルウルフから外れたツノから触手が生えて、それが動いている。

 杏奈はツノをそっとつまんでみた。


 ツノの根元から出た触手が、ウニョウニョ動く。

 う、気持ち悪っ。


 杏奈はツノをポイっとその場に捨て、御者に合図する。

 意図を汲み取った御者が、捨てられたツノを大剣で叩き潰す。

 ツノの動きが止まった。


「そっか。こいつが宿ると、森の動物たちが魔物化するんだ。まず間違いなく、魔王の仕業でしょうね。ってことは、ツノを落とせば動物たちを解放出来るかも……」

「理屈は分かったが、戦闘でピンポイントにそこだけ狙えるなんてあんたぐらいだよ」


 御者が落ちている他のツノを一個一個潰して歩く。

 多少なりとも動けるようになったオオカミが、仲間を庇いつつ、一匹、また一匹と森の方へ去っていく。


 彼らとて生き物である限り、食事は必要だ。

 生きる為に他の生物を襲うこともあるだろう。

 場合によっては、人間を襲うことだってあるかもしれない。

 でも少なくとも、今開放した子たちは、今後魔王の手下として無闇に人を襲うことは無くなるだろう。

 ならば、それでよし。


「さ、そろそろ出発するぞ」

「うん」


 杏奈は馬車に戻り、自分の席に座った。

 馬車は再び走り始めた。

 

 

 エドモントの町は、城に併設されている。

 御者からの情報だが、ここの領主は町の人たちに慕われている

 良い領主だそうで、とりたててマイナスな情報は出て来なかった。

 うん、いけ好かない。


 杏奈は御者に礼を言って、馬車を降りた。

 なにはともあれ、まずは腹ごしらえだ。

 杏奈は人混みに向かって歩き出した。

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