第4話 時坂杏奈とおでんの神さま

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。大量殺戮者ジェノサイダー



「ちょっと! いくらなんでも、それ、ひどくない?」


 杏奈はまたも、何も無い空を見、泣き叫んだ。



 空の色が赤みを帯びてきた頃、杏奈の前方に町が見えてきた。

 遠くから見る限り、始まりの村アルザリアより、やや大きい。

 だが、町と胸を張れる規模かというと、ちょっと怪しい気もする。

 

 杏奈は町に向かって歩きながら考えた。

 大神だけあって、ガリヤードの力は絶大だ。

 人は見かけによらないとは言うものの、おでんの屋台をやっていた生え際の後退した中年店主にそれだけの力があったとは。


 その力は、格下とはいえ、異世界を一つべる力を持つ女神の介入を物ともしない。

 だが、今の杏奈は、大神ガリアードの神力を無効化する策を練らなくてはならない。

 

 そしてついでに、戦闘発生の度にサイコロ振りを行うという、ポンコツ女神の施したイカれたギミックを解除しないといけない。

 ウザ過ぎて、気がおかしくなりそうだ。


 このままだと、事態はどんどん悪くなる。

 杏奈は再び、何も無い空をにらんだ。



 町に近付いてみると、岩を重ねて造られた城壁が、その周りをグルリと囲んでいることが分かった。

 とはいえ入り口は、門で閉ざされているでもなく、門番がいるでもなく、ただただ開けっぴろげの石造りのアーチだ。

 誰でもウェルカム状態だ。


 アーチの隣に『ベルネット』と、炭か何かで書かれた木製看板が掛かっている。

 アルザリアで村長に聞いた通りの名前だ。

 どうやら、道を間違えることなく、無事目的地に着けたようだ。


 アルザリアの村長に貰った旅の衣装のお陰で、誰に誰何すいかされることもなく、杏奈は普通に町に入れた。


 杏奈の生まれついてのスキル『地味』が申し分なく発揮されているようで、誰一人、杏奈に目を向ける者はいない。


 中には城のような建物は無く、城主らしき者も居なかった。

 おそらくここは、かつてのいくさ砦跡とりであとだったのだろう。

 それを住民が再利用リユースしているといった感じだ。

 だから小さいんだ。


 杏奈がそれとなく町並みを眺めながら歩いていると、何やらいい匂いが漂ってきた。

 

 ぐぅ。


 お腹の音が鳴る。

 

 見ると、大通りに面した店舗の一つに、西部劇などでよく見る、ウエスタンドアが付いた建物があった。

 そこが、いい匂いの発生源のようだ。

 おそらく食堂なのだろう。

 

 杏奈の懐には、アルザリア村で貰った路銀がある。

 アルザリア村の交易がここまで来ているだろうから、手持ちの路銀が使えないということは無いだろう。

 よし。

 杏奈は意を決し、店のドアを開けた。


 中は思った以上に盛況だった。

 灯りは、壁や各テーブルに設置されたオイルランプだけのようで、多少暗いと言えば暗いが、ムードのある小洒落たレストランと思えばいい。


 杏奈は、店のすみの方にあるカウンター席に座った。

 ウエイトレスがすぐやって来る。

 

「何にします?」

「あの、オススメ料理をお願いします」

「ではベリトーナで。ベリトーナ入ります」

「ベリトーナ入りました」


 ウエイトレスと厨房との間で声掛けが行われ、ウエイトレスは去っていった。

 十分後、ドキドキしながら待っていた杏奈の前に出された料理は、一人用鍋に入った、トマトベースの鍋料理だった。


 木製の鍋敷きの上で、グツグツ音を立てている。

 杏奈は備え付けの小皿に鍋の中身を取り分け、ふぅふぅ冷ましながら、スプーンで中身を口に運んだ。


「美味しい!」


 トマトの酸味と、上に乗った、とろけるチーズが絶妙にマッチしている。

 見たことのない野菜や肉がゴロゴロ入っているが、オススメ料理になるくらいだ。

 地球人に害になるということも無いだろう。

 何より美味しいし。


 杏奈が一心不乱に鍋と格闘し、半分近く食べ終わった頃、それが起こった。


「よぉし、動くな!」


 野太い声で周囲を恫喝どうかつしながら、男が数人、店に入ってきた。

 男たちの持っているのは、全て剣だ。

 なるほど、銃が存在していない世界だけあって、脅しも剣で行うようだ。

 だが、その人相の悪さからすると、ひょっとすると、人を殺した経験もあるのかもしれない。


 杏奈は咄嗟とっさに固有スキル『地味』を発動した。

 いや、そんなスキル、存在しないのだが、動きを止め、それとなく、『わたしは無関係』的雰囲気を漂わせる。


「全員金を出せ!」


 強盗だ。 

 男たちは集団で客に剣を突きつけ、脅し、懐から金を奪っていく。

 反撃する者は誰一人いない。

 そっか。無抵抗なのは、ここの客たちが誰一人帯剣たいけんしてないからだ。

 町が平和だからか、店に入るときに武器を取り上げられたのかは分からないが、無防備ならば、やり放題だよね。


 杏奈はグっと自制した。

 ここで杏奈が攻撃したら、強盗は全員、あの世行きだ。

 悪人とはいえ、殺してしまう事態は避けたい。


「そこのチンチクリンの姉ちゃん。あんたもふところのモノ、出しな」

「今、何て言ったぁぁぁあ!」


 先ほど自制すると言ったばかりなのに、杏奈の怒りは一瞬で沸点に達してしまった。

 振り返りざま、鍋を投げる。


 まだアツアツで、中身が入っている鍋が、強盗の顔面にヒットする。

 投げた瞬間、杏奈の脳裏を最悪な結果がよぎり、正気に戻った。

 あ、やば。ダメ! あー死んだ。なぜだか当たりどころが悪くて死んじゃうんだ。

 やっちまったーー。

 杏奈は目をつぶった。


「ぐぼあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 強盗が派手な音と悲鳴を立てつつ吹っ飛んだ。

 杏奈はそぉっと目を開けた。

 

 鍋底が綺麗に顔にヒットしたらしく、右目の周りに丸く、赤い火傷の跡が見える。

 だが、死んではいない。 

 ノビているだけだ。

 え? 何で? 魔物と何が違った?

 杏奈の頭をハテナが行き交う。


「この野郎!」


 強盗が一斉に杏奈に向かってくる。

 次の瞬間、杏奈の周囲の全ての人が、動きを止めた。

 ジャンプしつつ飛び掛かってきた強盗が、空中に浮いたまま止まっている。

 人だけじゃない、物もだ。

 落下しつつある食器類も、空中に浮いたままだ。

 何これ。時間が止まってる?


『いやぁ、すまんすまん。ついさっきまで結構忙しかったんだが、ちょうど客足が遠のいてな。ようやっと時間が取れた。で? スキルのことで何か困ってるって?』

 

 杏奈は声がした方を振り返った。

 カウンターだ。

 カウンターの中で、黒Tシャツでハチマキを巻いた中年男が、鍋の中身の味見をしている。


「ガリヤードさま、そんなところで何やってんの?」

『うむ。この鍋、うちのおでんに応用出来ないかと思ってな』

「いや、ガリヤードさまのおでん、かなり美味しかったよ。今のままでいいと思うけど」

『嬉しいこと言ってくれるねぇ。でも向上心を忘れちゃダメなのよ。料理道に終わりは無いのだ』

「なるほど。っていやいやいや。おでんなんかどうでもいいわ! わたしのこの瞬殺スキル、何とかして! 魔物を殺害しすぎて、登場人物紹介が大量殺戮者ジェノサイダーになっちゃったよ!」


『どれ。む? 何だこれ。変な介入が……あぁ、ユーレリアか。毎回サイコロを振らせる? まーた、おかしなギミック付けおって。チョイチョイっと。よし、これでユーレリアの干渉を無効化出来た』

「ほ。これでポンコツ女神の干渉は止められたか。ついでに、ガリアード様の強制即死攻撃も調整してよ」

『調整? 普通に加減すれば良かろう? ははぁ。お前さん、わしの言うこと聞いておらんかったんだな。その気になったらとちゃんと言ったぞ? 読み返してみぃ』


「……あ、ホントだ。じゃ、何で毎回クリティカルヒットになったの?」

『単に、どの程度の威力なら敵を倒せるかイメージが沸かんかったから、加減も考えず毎度毎度、能力をフルスイングしておっただけだ。冷静に見極めて、相手に即した攻撃をしたら、思い通りの威力になるわい。ユーレリアもそうだが、お前さんも人の話を聞かんタイプだな』

「そうだったんだ……。良かった。これで大量殺戮しないで済むわ」

『よいよい。では、引き続き頼んだぞ』


 音が戻ってくる。

 時間が動き出したようだ。

 おでん屋台の主人こと大神ガリヤードの気配も消えている。


 杏奈の視界に、自分に飛び掛かりつつある強盗の姿が入った。

 杏奈はガリヤードの助言を頭の中に思い浮かべた。 

 必要なのはイメージだ。

 

 杏奈はカウンターを見た。

 取り皿が十枚ほど重なって置いてある。

 これだ! 

 杏奈は取り皿を手に伸ばした。


 

「お姉ちゃん、あんた凄いねぇ」

「や、まぁ、それほどでも」

 

 開放された客たちが、感謝の声を上げつつ、杏奈を取り囲む。

 店のすみには、強盗たちが縛り上げられ、転がされている。

 見た感じ、全員夢の中だ。


「お嬢さん、ちょっといいかな」


 ドスの効いた一声ひとこえと共に、人垣が割れた。

 声の主はヒゲを生やし、鋭い目をした中年男だった。

 腰には大剣、胸にバッジを付けている。

 胸毛、もじゃもじゃ生えてそう。 


「オレはこの町の保安官、ビリーだ。あんたは?」


 保安官の案件になったと知った客たちが、邪魔をせぬよう、そっと二人のそばを離れる。


「わたしは杏奈。時坂杏奈。通りすがりの勇者よ」

「勇者? 曲芸師の間違いじゃないのか? あんたの投げた皿がことごとく奴らのこめかみにヒットするのを見たぞ。お陰でみんな昏倒してやがる。それにしても、あんな変な投げ方でよくあれだけクリーンヒットするもんだ。どれだけ訓練を積めば、こんなことが出来るようになるんだ?」

「たまたまよ。たまたま」


 保安官ビリーは、杏奈を上から下までしげしげと眺めた。


「なぁあんた。ものは相談なんだが、実はあの強盗ども、この町の裏山に根城を構える山賊の一員なんだ。たまにああやって、押し入っては小銭をせしめていく。手下をやられたことは、すぐ根城ねじろに伝わるだろう。早ければ今夜にでも、落とし前と称してこの町を襲撃するはずだ。そこを逆手に取って、こちらから急襲しようと思うんだ。そこで、あんたの腕を借りたい。もちろん、成功のあかつきには、それなりの報酬を支払う。どうだ。頼めるか?」


 対人戦闘における手加減の仕方はだいたい分かった。

 これなら、殺さずに済むでしょ。


「おっけー。引き受けた! ただし、成功報酬は弾んで貰うわよ」

  

 杏奈はニヤっと笑い、拳を握りしめた。

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