第3話 時坂杏奈と森のどうぶつたち

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。自称勇者。



「自称? 女神ユーレリアは勇者って言ってくれてたけど、まだ名前、売れてないもんね。しょうがないか」


 杏奈はまたも、何も無い空を見、誰に言うでもなくつぶやいた。



 杏奈は、森に続く道を歩いていた。

 町への交易に使われているのだろう。

 馬車のわだちあとも残る土の道が、草原を分けるよう、真っ直ぐ伸びている。

 

 天気がいい。

 気候も良く、たけの短い草が生えた草原を、爽やかな風が通り過ぎていく。

 風景の変化は乏しいが、あまり疲れを感じない体になっているからか、どこまでだって歩いて行けるような気がしてくる。


 そんなときだ。

 杏奈は草むらの中に白い毛玉を見つけた。

 雪のように真っ白な体。

 頭頂から伸びる二本の耳。

 ウサギだ。


 杏奈の目がハートになる。

 立て続けの不運に少々ヤサグレてはいるが、杏奈とて女の子だ。

 可愛いものには目が無い。


 だっこしたい。もふもふを全身で味わいたい。

 そう思い、足音を忍ばせ、そっと後ろから近寄り抱きしめた。

 

 フカッ。


 手触り最高。

 杏奈は顔を見ようと、ウサギの向きを変えた。


 キシャァァァァァァァァァァア!


 ……あれ?


 威嚇の声だ。

 結構甲高い。

 前からの見た目もウサギにそっくりだ。


 だが、そのオデコに生える一本の尖ったツノ。

 そして、血走った目。アゴまで伸びる凶悪な前歯。

 どう見ても魔物だ。 


「わわっ!」


 思わず、ウサギの魔物を放り出す。

 ウサギの魔物は、クルっと一回転して地面に着地すると、尖ったツノを杏奈に向け、飛び掛かってきた。

 杏奈は反射的に左手でウサギを払った。


 バシっ!


 それほど強い力で払ったわけではない。

 そもそも杏奈の握力など、同年齢の女性の平均レベルにさえ遥かに劣る。

 学生時代、部活で体を鍛えるような経験なども、一切してこなかった。 

 だが。

 

 その感触に嫌な予感がした杏奈は、そっとウサギの方を見る。

 案の定。 

 そこには、地面に叩きつけられたときの当たりどころが悪かったのか、血走った目を開けたまま、ピクリとも動かぬウサギの死体があった。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 だが、動揺している余裕は無かった。

 先程のウサギの仲間だろう。 

 いつの間にか、杏奈は取り囲まれていた。

 十羽は、いるだろうか。 

 仲間を殺された怒りなのか、ウサギたちは皆、殺気立っている。


「お願い、やめて。来ないで。嫌ぁぁぁぁ!」


 キシャァァァァァァァァァァア!


 ウサギたちが、一斉に杏奈に飛び掛かった。



「無いわぁ。これは無いわぁ……」


 杏奈は途方に暮れていた。

 下は土なので、その惨状が目に見えて分かる。

 綺麗に一周、杏奈を取り囲むように、ウサギが死んでいる。

 皆が皆、目を見開いたままだ。


 なぜだか皆、当たりどころが悪く、一撃死した。

 杏奈は首をふるふる振りながら、そのまま後ずさった。


「誰も見てなかったよね……。先急ご」


 杏奈は足早に森へ急いだ。

 


「何でこんなことになってんのよ!」


 杏奈は、鬱蒼うっそうとした森の中を、急ぎ歩いていた。 

 怒っていた。

 激しく怒っていた。


「あの神さま、バカなんじゃないの?」


 杏奈は足を止めない。

 後ろを振り返ることもしない。

 いや、正直言うと、怖くて振り返れない。

 振り返れば、嫌でも目に入るからだ。

 死屍累々ししるいるいと連なる、魔物の死体の列が。


 森に入った途端、色々な魔物が襲ってきた。

 リスタイプ。タヌキタイプ。野犬タイプ……。

 杏奈には、無敵防御のチートスキルが付与されているが、残念ながら、俊足のスキルは付いていない。

 走って逃げてもすぐ追いつかれる。

 結果、倒すしかなくなる。

 残るのは、魔物の死体の山、となるわけだ。


 杏奈の通った後に、小動物タイプの魔物の死体の列が延々と続いている。

 この後この道を通った一般人が腰を抜かすであろうこと、間違いない。


「せめてさ、ほら、よくあるじゃん。主人公と魔物のレベル差が一定以上あると襲ってこなくなるとかさ。それが、オールエンカウント、オールバトル? どうしてこう、雑な設定するかなぁ」


 歩きながら愚痴を吐く。


「こんな調子で魔物倒してたら、魔物絶滅しちゃうよ? 生態系壊しちゃうよ? それでいいの? まったく。ほんとバカなんだから、あの神さま」

『誰がバカですって?』

「ビックリしたぁ!」


 突如聞こえた後ろからの声に、慌てて振り返る。

 いつの間に現れたのか、杏奈の真後ろに女神ユーレリアが立っていた。


 ユーレリアは、この異世界、ヴァンダリーアを統べる女神だ。

 こちらの様子を監視でもしているんだろうか。


 女神はしばらく険しい顔をしていたが、フっと表情が緩み、ため息を一つついた。


『まぁね。わたしもすぐ想像ついたわよ、この結末は。でもさ、言えないじゃない? 大神さま相手にちょっと待って、なんてさ。わたしもツライ立場なのよ、これで』

「分かってたぁ? だったらその場で言いなさいよ! 大神だって、間違ってるものは間違ってるのよ。ノーと言う勇気を持ちなさいよ!」

『だって、あなた言えた? 会社員してたとき、上司にそんなこと言えた?』

「う。……言えない……かも」

『でしょう? 自分で出来ないこと人に強要しちゃダメよ』

「……うん。そうね。ごめん」

 

 杏奈は素直に謝った。

 女神がそれを見て、一際ひときわ深いため息をつく。


『とはいえ、世界を滅ぼす魔王を倒す為に勇者あなた召喚したよんだのに、その勇者に世界を滅ぼされるなんて、本末転倒もいいとこだわ。いいわ、何とかしましょう。えい!』


 女神の持った百合の花から出た波動によって、杏奈は白い光に包まれた。


『能力そのものを打ち消すことは出来ないけど、ちょっと捻じ曲げるくらいなら……』

「出来るの?」

『ダメージに幅を持たせられるようにしました。エンカウントを止めるのは無理でも、傷を与えて追い払う確率は得られたでしょう。わたしの力では、これが限界。これで納得して』

「うんうん、全然オーケー! 助かります!」

『なら良かった。では、あなたの旅にさちあらんことを……』


 女神の姿が霞となって消えた。

 杏奈は安堵の息を吐いた。

 見るからに邪悪な魔物ならともかく、見た目可愛い魔物や、ましてや、盗賊とかの人間が襲ってきたとき、大量虐殺になってしまったら目も当てられない。

 それを避けられるようになっただけでも、大いにありがたい。

 

 これで多少なりとも、安心して旅が続けられる。

 そう思い、先へ進もうと杏奈が向き直ると、そこにクマがいた。

 ビックリして、杏奈の動きが止まる。 


 赤い目。額から生える尖ったツノ。

 クマだ。 

 クマタイプの魔物だ。

 

 立ち上がった巨大クマが、二メートルオーバーの高さから、身長、百四十五センチの杏奈を見下ろしている。

 その迫力と言ったら。 


 ただのクマでも凶暴で恐ろしいのに、魔物となれば、更にどれだけ強いのか。 

 普段の杏奈なら、その一撃で即死間違いなし、という勢いで、クマのカギ爪が襲ってきた。

 

ガァァァァァァァァァァ!


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 杏奈は思わずその場にしゃがみながら、反射的に手を払った。


 その時だ。

 不意に、杏奈の脳裏にサイコロが二個浮かんだ。

 特に特別な形をしているわけではない。

 どこにでもある、あの、六面体のサイコロだ。


 その、何の変哲もないサイコロがコロコロ転がり……止まった。

 目は、六と六だった。 


 ジャカジャカジャカーン!


 脳内に響く謎の音。

 何? 今の音。


 次の瞬間、杏奈を襲ったクマの魔物が、力みすぎた為か、杏奈の目の前で滑って転んだ。

 運悪く、そこに大きめの石があった。


 ズシーーン。


 転んだ勢いで頭を石にぶつけたクマは、ピクリとも動かなくなった。

  

 先ほどのサイコロの幻想は、一瞬にも満たない刹那の瞬間に見た、まぼろしだったようだ。

 だが、どう考えても、その幻想と直結しているとしか思えない光景が、杏奈の眼前に展開されていた。


「え? ちょっと待って。これってつまり……そういうこと?」

 

 この後、森を抜けるまで、杏奈は大小様々な魔物に何度も何度も襲われた。

 都合二十回だ。

 

 六面体のサイコロを二個転がした合計は、二から十二と、十一パターン、結果が存在する。

 確率論で言うなら、それらは全て平等なはずだ。

 だが、杏奈の脳内で出た目の合計は、多少の差こそあれ、二十回振って全て二桁だった。

 

 自分から何かにぶつかるか、杏奈の攻撃が急所に偶然ヒットするか。

 いずれにしても、敵は瞬殺された。


 ダメージに幅を持たせる? 

 どっちみち死ぬのなら、ダメージの幅もへったくれもない。

 二や三が出る可能性が本当にあるのか、はなはだ疑問に思えるかたより方だ。


 大神の力が圧倒的なのか、女神の介入力が弱すぎるのか。

 杏奈は空に向かって叫んだ。


「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 杏奈の叫びはむなしく空に木霊こだまして、消えた。

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