第2話 時坂杏奈と例の青いヤツ

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。



「何か、身も蓋もない紹介ね……」


 杏奈は何も無い空を見、誰に言うでもなく突っ込んだ。



「さて、ここが始まりの村? ずいぶんと凄い田舎臭がするけど」


 杏奈は目の前に設置された木製のアーチを見た。

 見知らぬ字だ。

 少なくとも、地球のものでは無さそうだ。

 でもなぜか、杏奈には読めた。


「アル……ザ……リア? アルザリア村か。こうやって現地の言葉が分かるのもギフト的な特殊能力の一つなのかな」


 アーチの先、大通りに沿って、茅葺屋根かやぶきやねの家が並んでいる。

 合掌造がっしょうづくりによく似ている。

 

 通りすがる村人が、珍妙なモノを見る目で杏奈を見てくる。

 杏奈も歩きながら村人を見た。

 皆、作務衣さむえに似た簡単な衣装を着ている。

 神さまの言っていた文明度合いを思い出す。


 杏奈はといえば、紺のスカートスーツだ。

 しかも、昨夜酔い潰れたそのままで来たので、あちこちシワも入っている。

 杏奈はふと思い、袖口を嗅いだ。

 鼻をしかめる。 

 ちょっと臭うかもしれない。

 これならまぁ、ジロジロ見られても仕方ないわね。

 

 広場に着いた。

 中央に幾人も人が集まっている。

 杏奈も近寄る。

 怪我人がいるようだ。


「どんなヤツだったんだ、その魔物は」

「うぅ。青くて、丸くて、素早くて、うぅ……」


 言葉は、すんなりと理解出来た。

 日本語で無いことは分かるのだが、変換の工程を経ることなく、まるで母国語のよ  うに、すぐその意味を理解出来る。


 青くて? 丸くて? 素早くて? ……まさかね。


「おい、大丈夫か。……気を失った。早く医者へ連れて行くのじゃ」


 一際ひときわ老いた村人が、周囲の村人に指示する。

 パっと見、村長さんっぽい。

 控えていた村人が数人、怪我人を担ぎ、急いでどこかに向かう。

 杏奈はそれを見送ってから、老人の近くに寄った。


「……村長さん?」

「そうじゃが……。何じゃ、あんたは」


 老人が、いかにも胡散臭そうなモノを見る目で杏奈を見る。


「あ、わたし? 通りすがりの勇者です。何かありました?」

「勇者? 随分若そうじゃが……。まぁ、いいじゃろ。実は、最近この村の近くまで魔物が出てきておってな。村の外に人が出る度に襲われて困っておる。あんたが勇者というのなら、魔物を退治してくれんか。もちろん、礼はする。どうじゃ」

「やります」

「即答じゃのう。頼んどいて何じゃが、屈強な若者があれ程の怪我を負うような凶悪な魔物に、あんたみたいな若い娘が勝てるかね」

「まぁ、何とかなるでしょ。じゃ、早速行ってきます。謝礼の件、忘れないでね」


 杏奈は村長に教わった、魔物の出現ポイントに向かった。

 そして、草っ原で出会った。

 ソレに。

 青くて、丸くて、素早いアイツに。


「……スライム?」

 

 十匹は、いるだろうか。

 素早い動きで、あっという間に杏奈を取り囲む。

 猛スピードで飛び掛かってきた。

 体当たりだ。

 

 ぽよん。


 スライムの体当たりは、杏奈の体に当たるも、ダメージ一つ負わせることなく弾かれる。


「ダメージゼロじゃん。あの村人、結構ひどい傷だったけどなぁ。まぁこれで、防御力は分かった。確かに鉄壁だ。じゃ、次は攻撃力。素手で触るのは、さすがに嫌だなぁ」


 杏奈は下に落ちていた小石を拾った。

 試しに、スライムに向かって投げてみる。

 

 杏奈はスポーツ経験、皆無だ。

 学校の体育の授業は普通に出ていたが、しょせんはその程度だ。

 部活は文化系で、スポーツ大会もベンチ。

 当然、小石を投げたところで、へっぴり腰での暴投になる。

 だが……。


 バシャ!


「ありゃ……」


 特にスピードが乗った攻撃では無かったはずなのだが、小石が当たったスライムは、跡形もなく弾け飛んだ。

 飛び散った青い液体が、そこに確かにスライムがいたことを証明するだけだ。


 多少なりとも知能があるのか、残ったスライムに動揺が走る。


 杏奈は続けて小石を投げる。

 相変わらずのへっぴり腰なのだが、小石がことごとく当たる。

 当たりまくる。

 しかもその攻撃の全てが、クリティカルヒットとなって、スライムを爆散させる。


「無いわぁ……」


 杏奈はドン引きした。

 辺りの地面が、スライムの残骸で真っ青だ。

 これが赤なら、ちょっとした血まみれ虐殺現場だ。


 スライムの残数が、あっという間に半分以下になっている。

 意を決したか、スライムが一斉に飛び掛かってきた。

 だが、今度は体当たりではない。

 杏奈に引っ付いて高温になる。

 溶解攻撃だ。

 

「ほんのり温かい、かな」

 

 杏奈の服も、全く溶けた様子も無い。

 と、次の瞬間、引っ付いたスライムが一斉に弾け飛んだ。


「ぎゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 野っ原に、杏奈の悲鳴がとどろいた。




「……また随分とひどい格好じゃのぅ」


 出迎えた村長が、鼻をしかめながら杏奈を見る。

 汗の臭いだけでなく、服に染み付いたスライムの残骸の臭いもひどいことになっている。

 そう。杏奈の全身はスライムの体液で、まるでペンキでもぶち撒けられたような青まみれだった。


「まぁ、何じゃ。とりあえず風呂貸してやるから、入ってこい」

「はい……」

 

 風呂を借りて、こざっぱりした杏奈は、村長の屋敷の食事に呼ばれた。

 囲炉裏に鍋が掛かり、その周囲には、クシを通した川魚が刺さっている。

 美味しい。


 考えてみれば、昨夜、一杯飲み屋で神さま特製おでんを食べてから、何も口に入れていない。

 地元の酒なのか、出された飲み物も口触りが良くて美味しい。


「若い者に様子を見に行かせたが、魔物の気配が消えていたそうじゃ。どうやら退治してくれたようじゃの。礼を言うぞ」

「うん、まぁ気にしないで。大した手間じゃなかったし」

「さすが勇者じゃ。飲んでくれ。食ってくれ」

「はいはーーい」


 杏奈は存分に、食い、飲み、そして眠りについた。



 翌朝、村長の家で朝ごはんを頂いたあと、杏奈は村長から荷物を渡された。


「お礼、と言っても出せるものなど限られているが、わずかばかりの路銀と、台無しになった服の代わりを用意させて貰った」


 杏奈は畳まれた、昨日まで着ていたスーツを見た。

 洗濯されてはいるが、スライムの体液を被った為だろう。

 塗料のように、青色がクッキリ残っている。

 繊維にダメージは受けていないようだが、これでは着れない。


「あんたが着ていた珍奇な服の代わりにはならんかもしれんが、ここは田舎じゃ。こんな服しか無い。これで勘弁してくれんかの」

「あ、全然大丈夫。むしろ助かります」


 それはベージュ色の革の服だった。

 女の子用を用意してくれたようで、スカートだ。

 ご丁寧に、マントまで付いている。


 杏奈は身につけた服で、クルっとその場で回ってみる。

 うん。悪くない。

 一気にファンタジー色が濃くなった気がする。


 一緒に置いてある小袋を持ち上げる。

 ずっしり重い。

 どの程度価値があるかは、この先、分かるだろう。


「で、この先、どこへ行くのじゃ?」

「とりあえず都会の方へ。どっちになります?」

「では、西の方じゃな。村の中央を走る大通りを真っ直ぐ西に抜けるのじゃ。森を抜けることになるが、あんたの腕なら心配無かろう。半日も歩けば、ベルネットという、ちょっと大きな町にぶつかる。まずはそこを目指すがよかろう」

「オーケー。それ、行ってみよう」


 杏奈は村長に礼を言って村を出た。

 向かうは西。

 草原を抜けた遥か前方に森が見える。


 チート能力のせいで、命の心配も無いと分かった。

 防御だけでなく、疲れも吸収してくれるようで、歩いても歩いても疲れを感じない。

 

 幸いにも、仕事をクビになり、暇な身だ。

 待っている人もいない。

 確かに神さまの言う通り、ちょうどいい気分転換になるかもしれない。

 旅行とでも思って、気楽に行くかぁ。

 杏奈は前を向き、歩みを進めた。

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