第5話 時坂杏奈の山賊退治

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。曲芸師。



「曲芸じゃないって。およ? 大量殺戮者ジェノサイダーが取れてる。とりあえず一安心ひとあんしんかな」


 杏奈はまたも、何も無い空を見、安堵のため息をついた。



 杏奈は、生い茂る樹々のせいで、ともすれば月明かりさえ度々たびたび遮られる暗闇の中、松明片手に山を登っていた。

 

 だが、今回は一人では無かった。

 杏奈の後ろを、同じく松明を持ち、大剣をいた屈強な男たちが十人も、ぞろぞろと付いてきている。


 暗い山中を松明の灯が連なって移動する様は、まるで火の玉大行進といった感じだ。

 野生の動物たちの鳴き声も遠くで聞こえるが、何と言っても今回は大人数での移動なので、さすがに襲ってこれないようだ。


「もう少し行った先に、奴らが根城としている砦がある」


 保安官ビリーが、杏奈に並んで歩きながら、説明してくれる。


「砦? 結構規模が大きい山賊なの?」

「調べたところでは、二百人を超えている。砦に住み着いているのは、自分たちで建造したわけではなく、昔の戦争で使われ、廃棄されたものを再利用しているからだ。 うちの町と同じだな。だが、それだけに攻めるのは難しいぞ」

 

 二百人の山賊に十人の保安官じゃなぁ。

 怒らせて襲われるよりは、たまに現れるチンピラの無法を見逃してやる方がまだしもマシだったってことかな。

 その結果、舐められまくりってのはどうかと思うけどね。


 ん? ちょっと待って。

 いくら、勇者と自称する強者がいたとしても、見た目、小さなお姉ちゃんだぞ?

 そんなの信じるか?


 だいたい、迎え撃とうが攻め込もうが、二百対十一で、勝ち目なんかあると思う?

 ずっと下手に出てきたチキンが事態を収拾させる方法は?

 わたしだったらどうする……?


「そろそろ斥候せっこうとの合流地点なんだが……。お、あそこだ」


 ビリーが前を指差し、松明をゆっくり回す。

 前方を見ると、闇の中で松明が一つ、ゆっくり回っている。

 ビリーの松明と同じ動きだ。

 斥候で間違いないようだ。

 ただし……。


 松明を持っていたのは、大剣を構えた人相の悪いお兄ちゃんだった。

 と、木の陰から一斉にチンピラたちが飛び出てくる。


 チンピラも十人。

 保安官も十人。

 でも……。


「連れてきたぞ。こいつだ」


 ビリーが杏奈をチンピラの方に押した。

 ですよねぇ。

 町を守る為に山賊と戦うなんて勇気、あるわけないですよねぇ。


「悪く思うな。町を守る為なんだ」

「山賊に人身御供として差し出された側が、差し出した側を悪く思わないわけないじゃない」

「だよな。あの世で恨んでくれていい」

「あ、わたしがこれで死ぬであろうことも、覚悟付いてるのね。なら存分に恨ませてもらうわ。でも、山賊はわたし一人の命で許してくれるかしらね」

「許してもらう」

「そう上手くいけばいいけど……」


 杏奈たちは、前後を山賊に挟まれて、砦に入った。

 一緒についてきた若手の保安官たちも、この事態に全く動揺していない。

 ハン、最初っから話は付いていたのね。

 知らぬは、わたしだけってことか。


 ベルネットの町と違って、山賊砦はしっかり、木製の強固な門で守られていた。

 そして、そこら中に、人相の悪い男どもがいる。

 話は通っているのだろう。

 皆、ニヤニヤしながらこちらを見ている。

 

 篝火かがりびが幾つも焚かれた大通りを歩いて中央広場に着いた。

 そこには、更に大勢の、山賊たちがいた。

 そして、その一番奥に、一際大きなヒゲ面の男がいた。

 杏奈たちをここまで連れてきたチンピラとは違う、本物の貫禄があった。

 これがボスで間違いないだろう。


「待っていたぞ、ビリー。その女か、舐めた真似してくれたのは」

「そうだ。キャプテンブライ。この女は、あんたに差し出す。だから、町には手を出さないでくれ。頼む」

「その女、冒険者か。ちっ。何の為に、お前ら保安官を生かしておいたと思ってるんだ。こういうトラブルを防ぐ為じゃねぇか。いらねぇ。お前らいらねぇ。役に立たねぇ保安官なんぞいらねぇよ。皆殺しだ。お前らも、町の住人も、皆殺しだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! それだけはどうか! 頼む、考え直してくれ!」

「オレに意見するんじゃねぇ!」


 山賊の親分、キャプテンブライは、隣に立っていた山賊が腰に付けていたナイフを抜き、こちらに向かって投げた。

 1秒も掛かっていないだろう。 

 動きがとんでもなく早い。


 腕っぷしが集団の順位を決める山賊世界で親玉を勤めているだけあって、狙いも正確だ。

 ナイフは猛スピードで保安官ビリーの喉元をつらぬ……かなかった。


 その場にいた全員が目をいた。

 無理も無い。

 キャプテンブライの投げた必殺のナイフが、自分たちより遥かに小柄で非力そうな女に空中でキャッチされたのだ。 

 

「だから言ったでしょ? 許してくれるわけ無いって」


 杏奈はナイフをその場にポイっと投げ捨てた。

 代わりに、近くに落ちていたほうきを拾う。

 長さ一メートル程度の、ただの、木の枝で作られた箒だ。

 それをその場で、ブンブン素振りする。

 運動経験皆無なだけあって、実にへっぴり腰だ。


「よし。じゃ、お掃除しよっか」


 一瞬の間を置いて、広場は大爆笑の渦に包まれた。

 そりゃそうだ。

 こんな小さな女が自分たち山賊を相手に単騎で戦おうとしている。

 しかも、獲物はただの箒。

 そうか、さっきのナイフキャッチは、何かの偶然に違いない。


「おい、姉ちゃん、勇ましいこと言ってねぇで、オレっちと遊ぼうぜぇ……がっ!」


 近寄ってきたチンピラが、杏奈の足元に崩れ落ちた。

 口から泡を吹いている。

 杏奈は箒の柄をチンピラにチョンっと当てただけだ。


「かかれぇ!」


 一瞬の間の後、正気に戻った山賊たちが、一斉に杏奈に飛び掛かる。

 杏奈はその場で箒を無造作に動かした。 

 ただそれだけで、襲い掛かってきた山賊たちはその場で昏倒した。


 杏奈は足元に倒れている山賊を躊躇ためらいなく踏ん付けながら、次の集団へ向かって歩いて行った。

 山賊にとって、悪夢の一夜だったろう。

 

 こんな小さな女なら、泣き叫んで命乞いをするだろう。

 どう痛めつけようが、どう料理しようが、好き放題出来るはずだ。

 そんな認識だったろうに、まるで逆の結果が展開されている。

 好きに料理されているのは自分たちの方になっている。 


 杏奈は泡を吹いて倒れる山賊を量産しながら、ビリーに近付いた。

 ビリーの口は、あんぐり開きっぱなしだ。


「ちょっと保安官さん。女のわたしにだけ働かせてないで、あんたも少しは働きなさいよ」

 

 一言そう言って、また山賊をやっつけに戻る。

 ただそこらへんに落ちていただけの箒を適当に振ってるだけにしか見えないのに、なんで山賊が一人残らずぶっ倒れるんだ。


 杏奈の通った場所に累々と並ぶ、泡を吹いて倒れた山賊の列。

 達人ならではの裂帛れっぱく覇気はきすら無く、ただ歩いているだけにしか見えない。


「よし、お前たち、俺たちも戦うぞ!」

「でも、武器は取り上げられてますよ?」

「そこら辺でノビている山賊のを奪って戦え! よそ者のお姉ちゃんに手柄を持って行かせるな!」

「はい!」


 箒をブンブン振り回しながらその様子を見て、杏奈はニヤっと笑う。


 保安官たちの活躍もあって、どんどん敵の数が減っていった。

 残りはざっと二十人。

 あっという間に山賊は、親分とその取り巻きだけになった。

 取り巻き立ちは親分を守るように剣を構え、いつでも杏奈に飛び掛かれる姿勢を維持している。

 

「何なんだ、お前は」


 キャプテンブライが油断なく、大剣を杏奈に向ける。

 さすがに親分だけあって、動揺している様子は見せない。

 内心どうだかは知らないが。


「だから。勇者だって聞いてなかった?」

「勇者だと? 魔王を倒すっていうアレか? お前みたいな、チンチクリンがか?」


 一瞬で杏奈の目の色が変わった。

 無言で山賊に駆け寄り、思いっきり箒を振る。

 その一撃で手下たちが吹っ飛んだ。 

 体重、四十五キロしかない女が、一人、百キロはありそうないかつい山賊を数人、箒の一振りで吹っ飛ばした。


そこにいた、まだ意識がある者たち全員、自分たちが持つ常識が木っ端微塵に粉砕されたことを感じたに違いない。

残りは親分、ただ一人。

 

 親分が杏奈に向かって剣を振り下ろす。

 杏奈は親分の必殺の一撃を、箒で受けた。

 鉄製の大剣を、そこらに落ちていた直径、三センチ程度しかない、ただの箒が受けた。

 

「何で箒ごときで剣を受けれるんだぁ!」


 杏奈はそのまま無造作に箒を振る。

 どういう原理なのか、杏奈の振るった箒の穂先が、山賊の親分の剣を絡み取り、明後日あさっての方角へ吹っ飛ばした。

 だが、杏奈もそのまま箒を投げ捨てた。

 杏奈は親分のふところ近く入り込み、右拳を固めた。


「チンチクリンって言うなぁ!」


 杏奈のアッパーが山賊の親分、キャプテンブライのあごに綺麗にヒットした。

 どういう力学法則がそこに存在しているのか。

 キャプテンブライは顎を砕かれ、十メートル程吹っ飛び、瓦礫がれきの山に突っ込んでノビた。



 翌朝、町を出立する杏奈を保安官ビリーが見送りに来た。


「随分と迷惑を掛けたな、勇者杏奈よ」

「長いものには巻かれろ。ま、しゃあないでしょ。山賊も居なくなったことだし、これからは頑張って町を守ってよね」

「あぁ、約束する」

「どーだか」


 ビリーが苦笑いする。


「都会の方に向かうって言ってたよな。この先、更に西に向かうと、キャブリの町がある。ここよりは全然都会だ。そこでなら、色々情報収集も出来るだろうよ」

「キャブリね。オーケー。そこ行ってみるわ」

「達者で。そして、ありがとう」

「はいはーい」


 杏奈は後ろを振り向くことなく、雑に手を振った。

 後は、ビリーが何とかするでしょ。

 今日もいい天気だわ。

 杏奈は西に向かって歩みを進めた。  

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