猫の手を貸したい。

幻典 尋貴

猫の手を貸したい。

 「毎度ありがとうございます。猫でございます」

 事務用デスクの上に乗っかって、両手で受話器を抱える“猫”は、いつもより少し低い声で応対する。

 「本日はどのような御用事でしょうか」

 ――今日も“猫の手を借りたい”お客からの依頼が届く。


   ★


 「お願いしま〜す」

 語尾にハートやら、星やらが付きそうな甘えた声を出しながら、ティッシュを配る依頼主たち。新型ポケットワイファイの宣伝のようで、ティッシュの裏にはその広告が入れてある。

 彼らは頑張って声をかけても、十人に一人くらいしか受け取って貰えない状況。ティッシュ配りを始めて2時間経ち、段々とやる気がなくなってきている。

 対して“猫”たちは、3匹並んで両手でポケットティッシュを掴み、「ミャー」と言うだけで二十人程の人だかりが出来た。

 冒頭のように、人間の言葉が話せる“猫”たちだが、こうした方が受けが良いことを分かっているのだ。

 一人の女子高生がスマホのカメラを向け始めると、他の人も続いてカメラを向け、さながら写真撮影会のようになった。さらにはやる気を無くしたティッシュ配りマンたちも加わり、もはや“猫”たちが何のためにいるのかさえ判らなくなった。

 後々わかった事だが、用意してもらっていた特製の洋服にも宣伝文句が書いてあったようで、SNSで拡散された画像によって契約者が続々と現れたらしい。結果オーライという事だ。

 夕方になり、“猫”たちは報酬を受け取って事務所に戻った。

 事務所で報酬を分配し、端数は猫の形の貯金箱へ入れる。

 “猫”たちは受け取った報酬で普段より良い餌を買って、本来のご主人の待つ家へ帰るのだ。


   ★


 猫用のスーパーがある事をご存知だろうか。違う、違う、ペットショップでは無い。

 恐らく、読者諸君の知っているコンビニに近い物だ。

 今度、猫が路地裏に入って行くのを見たら、こっそりとついて行くと良い。ドールハウスよりは大きい、中くらいのお店があるはずだ。

 彼らは、そこで良く買い物をするんだが、

 ――彼らにはバレないように。

 何があっても私は知りません。


   ★


 今日の依頼は家庭教師だ。

 “猫”たちは頭がいいので、人間の勉強なんて簡単だ。

 「よろしくお願いします」

 不思議そうな顔をしながら、挨拶をしてくれるのは小学三年生のコウタくんだ。

 とりあえず今日の宿題をすると言うコウタくん。算数プリントをファイルから取り出し、真剣な目をして解き始める。

 “猫”は机の上に乗り、それをじっと見守っていた。

 そして、間違えを見つけた“猫”は、ネコパンチ!

 力加減が得意ではない“猫”は、算数プリントに穴を開けてしまった。

 すまないと謝ると、コウタくんは指で紙を伸ばして、「これくらいなら大丈夫」と言ってくれた。良い子だ、とそう思う“猫”であった。

 と、目の端にハエが飛んでいるのが写る。

 あとはお分かりの通り。

 部屋中を駆け巡り、ペン立てやら本やら、花瓶やらを倒し散らかし、ようやくハエを叩き潰した時には、見るも無惨な光景が。

 報酬はなく、むしろ弁償代を置いて帰ったのだった。


   ★


 猫用スーパーでお勤め品のマタタビを買って帰る猫を見たら、優しくしてあげてほしい。

 “猫”たちは、猫の手を借りたい人を助けるために、今日も行く。

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