2話

「俺の名前は清水しみず秋風あきかぜだ!」

 

 そんな自分の声で目を覚ます。天井が見える。ぼんやりした頭で考える。


 今まで寝ていたのか? ここは? 教室? 授業中? 違う、終わって、ネット小説を見て、女子の悲鳴が聞こえて、落ちてきた……天井。


「そっか、俺死んだんだ……」


 部屋にかすかに反響はんきょうする声が現実味を感じさせる。


「はっ!」


 急いで自分の横に力なく横たわる手を持ち上げ、精神力で頭まで連れていく。ごわごわとした、自分の髪に触れる。


 良かった無事だったのか。いや、無事だったわけがない。となると……周りを見渡す。薄暗い……倉庫?


 かすかにお経のような声が聞こえる。そして、異国の香りがする。


「なるほど。考えられるのは転生、召喚。年齢、背丈、姿形はおそらく死んだときのまま。鏡を見るまでは何とも言えないけど、手を動かすときに違和感がなかった。それに、あの髪の毛。赤ん坊ではない、第一こんな倉庫に置き去りだし。でも赤ん坊になって赤ちゃんプレ…………まあ人生そううまくいかないか」


 勢いをつけて立ち上がる。膝がきしむ。


 とりあえず探索だな。お経が聞こえるのが気になる。まさか初手でよく分からない宗教団体の施設に送らせるほど神は無情じゃないだろう。


 と歩き出すときに積み上げられていた本の一冊、手帳のようなものがすっと秋風のポケットに入ったが気づかなかった。



……無情でした。血も涙もありませんでした。仏の顔は一度も、でした。


 倉庫を音もなくするりと出て、廊下を通って、声のする扉をゆっくりと開けて、恐る恐るのぞいて目に入ったのは変な被り物を着て壇上の人に合わせてお経を唱える集団だった。


 そして、それを見てショックのあまり扉を支えていた手を放してしまった。


 軋む蝶番ちょうつがい、振り向く覆面ふくめんの民、そして今、である。


「ごめんなさーい。違い、違ううあああ。来るなああ。来ちゃ来ちゃああああ、らめえええ」


 目鼻口から液体をまき散らし、文化人の誇りを捨てながら、全速力で逃げる。後ろからは怒号、そして多数の足音が聞こえる。


 扉がなく、上への階段しかない。どうやら今いるところは地下らしい。


 くっ……


 上への階段に足を向ける。


 と過重労働かじゅうろうどうで疲れ切ってしまった足首が仕事を辞めてしまう。異常な角度にやわらかに曲がる足首、横転する視界、飛び出す喉からの情けない声。


「助けてくだしゃい。ややややめてくだしゃいいい、お願いしましゅああああああああああああああ」


 もはや呂律ろれつ滑舌かつぜつなんて言っている場合ではない。捕まったらどうなることやら。


 洗脳、拷問ごうもん、エトセトラ、うん……終わりだあ。二度目の人生がここまで短く、残念に終わるとは。


「頑張って立ち上がってください! 時間は私が稼ぎます!」


 突然女の子の声が驚くべきことに背後から、そう覆面の皆様のほうから聞こえる。そして爆音、破裂音、閃光せんこう、悲鳴。終焉の近づいていた俺には、天使の声とそのファンファーレに聞こえる。


 天から舞い降りてきて、俺を救ってくれるの――


「急いでください! うぅ…………とっとと、立ち上がれ!」

「は、はひいいい」


 爆音と汚い悲鳴とともに自分の横にも血が飛ぶ。……どうやら、もしかしたら天使じゃないかもしれないが四の五の言ってられない。自分にむち打って、よろよろ立ち上がり、バタバタと足を動かす。ほとんど四足歩行で階段を滑りあがっていく、そして応援するように温風や閃光が追いかけてくる。そして足元にカードが飛んできた。拾い上げて、焦点しょうてんの合わない目で見る。


(正面の扉から出て、右に曲がって、その先の広場にある大木の後ろに回り込むと藪があるのでそこに潜り込んで待っててください)


 カードから目を離しながら、扉をタックルするように開けて、後ろからの罵声ばせいをお構いなしに走る。


 生憎、男にののしられる趣味はないんでね。黄昏時たそがれどきだろうか、仄暗ほのぐらくなり、小鳥がきはじめ、巣に帰ろうとしている。そして街並みを見て分かったことだがここはおそらく、俗にいう


「ぜえぜえ。いいいい異世界……だ。はあはあ」


 思ったよりも呼吸器官が疲れていた。というのは置いておいて、そこには中世風の街が広がっていた。タイムスリップした可能性もあるが、ラノベを読み漁っている自分にはわかる。異世界だ。だが感傷かんしょうに浸っている場合ではないので、


 ひとまず右に曲がり、広場に転ぶようにして入り、そのまま藪に滑り込む。そして呼吸を整え、カードを見返す。


「おそらく間違ってはないかなぁ……っと。え、待って?」


 冷静に見返すと、カードには見たこともない字が書かれている。


「? でも、分かる。意味は分かる」


 それに話している言葉も、知らない言語だ。ラノベではよくあることだが、気持ちのいいものじゃないな。知らぬ間に知らない言語を習得している。ぞっとする。これからラノベを読むときは、少しだけ気遣ってあげよう。


 あっ、もうラノベを読むことはないのか…………そうか。

 

 それにしても、小鳥の啼き声がすごいなあ。

 

 チルチルチル、チルチル、チルチルチルチル。


 なんか近くね?


 そう思ってふと肩を見ると……鳥がいた、おそらくメジロ。奇妙な紋様を身にまとった、変な鳴き声の小鳥。


「チルチル」


 小鳥がお辞儀して見せた。


「ええ……こんにちは。えっと、小鳥…………さん」


 一瞬細くなった目が、すぐにまんまるお目々に戻る。くりっくりだあ。


「どこから……来たの? 覆面ズのお仲間?」


 ポケットをくちばしでさす。どうやら、ポケットに何かヒントがあるらしい。あれれ、指先に硬いものが当たる。取り出すと


「ぼろぼろの……手帳? あれ、なんでこんなもの? 拾ったっけ?」


 パラパラとページをめくる。材質は紙ではあるけど、慣れ親しんだすべすべのモノではなく、数十回再生を繰り返したか再生紙のような、色、質感である。そしてとても汚れている。ほとんどのページは黒で塗りつぶされていたり、茶色のシミで文字が見えなかったりしたが、一ページだけ読めるページがあった。


「ええ……何々、精霊せいれいメジロ……そのまま……でも一応精霊なんだね? ふむふむ」


 まあ時間があったら色々試してみよう。精霊というのだからきっとすごい能力とかが。ただまずはあの女の子が来るのを待とうじゃないか。優先事項はそちらのほうが上だ。


 あれ、まぶたが急に重くなってきた。おやすみ、メジ――

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