3話

「もしもし! もしもーし! 起きてください!」


 かなり強めに揺さぶられて目が覚める。


 女子? はっ! 居眠りしてたらプリントが回ってきているのに気づかなかったのか。


「あっ……えっ……プリ、プリント」


 だが目の前に伸ばされているのはプリントではなく、手である。白くて、すべすべの。


 周りは藪? あたりはすっかり暗くなっている。


 そして手の持ち主の姿を足元から眺める。雑なつくりの革靴、そして灰色の……ローブ? そして程よい大きさの胸があり、胸部があり、細い首があり、今までに見たこともないようなかわいい顔がのっかっている。水色の目、同じく水色でボブ(?)位に切りそろえられた髪の毛。


 ここまで見て、すべてを思い出す。うわああああああああああああああああああああ。


「覆面怖い、怖ああああああああい。来ちゃ、ららららめええええええ」

「大丈夫です、安心してください。いてきたましたから。ほら、立ってください」


 そう言ってまた手を差し伸べてくる。


 優しくて涙が出そうである。


「はひ……そそそそそういえば、君は? 覆面の男達のほうから来たよね? 奴らとは仲間じゃないの? なんで助けてくれたの?」


 手をつかんで立ち上がりながら聞く。思った通りすべすべで優しい手だ。ひどい体勢で寝ていたからか骨がきしむ。


「仲間でした、でも君を助けるときに裏切ったという形になったので違くなりました。 理由は困ってたから……かな。もうあんなのはたくさんなので…………これは君には関係なかったですね。名前は……ルルラナ、ルルラナ・ヴェストルラです。ルルって呼んでください」


 何が君のかわいい顔をそんなに苦しそうにゆがませるんだ。


「えっと、俺はシミズ・アキカゼです。なんか悩んでたら今は話せなくても……話したほうが楽になることもあると、思うから」

「あっ……そういってもらえるだけでもすごくうれしいです。話せるときに聞いてももらおうかな」

「そっか…………ああそうだ、ありがとうございました。おかげで……助かった」

「べべ別に大したことしてないですよ」


 少し照れたように視線をずらす美少女。


 とてもかわいい。天使か、女神なのか。照れ屋さんの女神様。 


「え!? 何? 何でちょっとニヤついてるんですか!?」


 焦っててもマックスかわいいな。それにしてもにやけていたのか、自分は。完全に無意識だった。


「そそそうだ。これからのことなんですけど……アキカゼくん、お金持ってます?」

「あっ、えっとぉ……持ってないです」


 ぱっとひたいに手を当てるルル。もちろんになってる。


「アキカゼくんはどこから来たんですか? 施設の構造もわかってなさそうだったし、侵入者にしては撤退も遅いかったですし」

「あー少し長くなっちゃうかもしれないけどいい?」

「それならもう暗いですし宿で話しましょうか……ぎりぎり泊まれますかね。こんなことなら午後の務めの前にもっとお金……持ってくるんでした。」


 宿というワードに動揺しまくる俺を気にせずルルがぶつぶつとつぶやく。


「一、二……五フレストラ銀貨だから二泊? いや、一泊かな。とりあえず宿が見つからないことには…………」


 ルルがふらっと目を泳がせた先に、【宿屋】の表示があった。


「あそこに行きますか」


 女の子と2人きりで宿なんて日本中全国の男子が一度は夢見たシチュエーションじゃないだろうか。最高だな、異世界ファンタジー。


 宿屋は小柄なベックマン夫妻という方が経営していた。支払いや手続きはルルに任せて、外を見る。もう往来は少なくなっているようだ。覆面ズの姿も見えない。ほんとに撒いて来てくれたようだ。


「それにしても、大変ねえ。若い二人で。恋人同士なの?」

「あっ、やっ、違います」

「いえいえ俺ら恋人っすよ、女将おかみさん。カノジョの両親が交際に反対するもんで…………け落ちしてきたんっす」

「まあ、私たちも交際を反対されてねえ。ぱっと地元を飛び出して、いろいろあったんけどねえ「母さん。わしらの話はいいじゃないか。恥ずかしいだろう」あらお父さん、照れてるのね。もう男ってのはいくつになってもこうなんですから」

「「はっはっははははははっははははーはーはー」」


 二人でひきつった笑みを浮かべる。


(なんで駆け落ちなんて言ったんですか? その……恋人だなんて)

(そっちのほうが怪しまれないし、問題にもならないし。覆面から逃げてきてなんて言ったら、余計な詮索せんさくを受けるだけだよ)


 女将さんが客を待たせていたことに気づいて咳払いしながら、エプロンを直す。


「それで部屋は? 二人一緒でいいの?」

「はい、お金もないですし」


 ルルが即答する。


「ふふふ二人……一緒?」

「なんでって……恋人なら当然ですよね?」


 あごをつんと挙げて勝ち誇った顔のルル、でも顔が真っ赤であんまり決まってないよ。でもそんなんで勝ったつもりか。ふふん、負けるものか。


「ここ今夜は寝かせないよ、ルル」

「ひゃん」


 クリティカルヒット!! 多少噛んだけど! ルルの顔は茹蛸ゆでだこのごとき、である。……だが言った側も恥ずかしさで顔から火が出んばかりになり、お互い無言で2階の部屋に向かうことになった。


 行く途中で旦那だんなさんが俺の尻を叩きながら、頑張れよと言ったことで気まずさが増した。


********


「シシシシングルベッドですか!?」


 驚いた様子のルル。


 ふふん、恋人が同じ部屋で寝るのにベッドが一緒じゃないことなんてないのだよ。


 だがそういう自分の足も生まれたての小鹿のように震えている。だが、小鹿はいつまでもそう震えていない。そのうちにしっかりした足取りになるのである。


 自分も、自分も、これしきのこと……妄想もうそうみじゃあああああああああああああああああああああ。


「フッフッフ」

「じゃじゃじゃあ、寝るとしますか?」

「!?」


 なぜだ。なぜなんだ、ルル。もうすでに限界を超えているのに、なぜそこまで攻めるんだ。なぜそんなにかわいいんだ。言葉と一緒に首をかしげるんじゃない。その破壊力はダイナマイトものじゃない。核兵器だ、俺の理性を吹き飛ばしかねない――――


「ももももちろんでしゅ~~~」


 ……もうすでにお空の彼方へ飛んで行っていたようです。

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