毎年師走になってから作業始めて焦るアレ

吉華(きっか)

第1話

 とうとう、今年もこの時期がやってきてしまった。

「うげ……もう十二月じゃん……」

 毎年毎年、今年こそは十一月から始めて余裕をもって終わらせようと思うのに。いやはや十月を過ぎれば立派な年末、まだ時間あるしなんて思って後回しにしていた結果がこれだ。

「うーん白の暴力……」

 目の前に何十枚と重なる、真っ白な葉書の束。昔取った杵柄もとい元漫研部員現在も趣味でイラストを描く人間なので、毎年今年こそはじっくり時間をかけて描き上げた絵を使うんだ! と意気込んでこっちにしてしまうのだ。そして、毎年後悔する。

「ああ、ごめんね。先にご飯にしようか」

 眩しいほどの白さに目が眩んでいると、遠くで私を呼ぶ声が聞こえた。この家に住むもう一人の住人である、飼い猫のミコちゃんだ。

 住所だけは年初に届いた分をチェックしているから、印刷を始めても大丈夫。そんな訳で先にそれだけセットして、ミコちゃんのご飯を準備する。ついでに自分のご飯も準備して、もしゃもしゃと食べ始めた。

「来年……来年ってそもそも何年だったっけ……」

 まずそこからして覚えてないという状況か。自分で自分に呆れるが、日常で干支を意識する瞬間というのは正直そこまでないので許してほしい。

「んんんんん寅年……トラ……えええ縞々模様じゃん描くの大変では?」

 お行儀が悪いが咎める人もいないので、スマホで干支をチェックする。寅年だというのが判明したので合わせて画像も検索したが、その結果に絶望した。

「待てよ……トラはネコ科の動物……つまりネコを描いても問題ないのでは……?」

 切羽詰まった人間というのは、時に思考が明後日の方向へと進んでいく。冷静になってみれば、間違いなくそれはいけないだろうせめてトラの着ぐるみでも着せろという話なのだが、余裕がなかった私はさも名案を思い付いたと思って美味しそうにご飯を食べているミコちゃんを見下ろした。

「ミコちゃんの写真なら何千枚とあるから資料には事欠かない……そうだ、どうせなら……」

 キッチンに戻って、ごそごそと調味料の棚を漁る。以前全く辛くない真っ赤なカレーを作ってみようと思い買っておいた食紅があったはずだ。

「あったあった。そしたらば、ミコちゃん様」

 ご飯を食べ終えて満足しているミコちゃんに語りかけ、目線を合わせるようにしてしゃがみこんだ。ミコちゃんは、不思議そうにこちらを見つめている。

「この食紅水に手を浸して頂いて……肉球の跡をわたくしめに頂けないでしょうかね……」

 薄い皿に溶かした食紅水をそっと差し出し、ミコちゃんの目の前に置く。押してもらう紙と水気を取る古いタオルも傍において、固唾を飲んで見守った。

 最初こそきょとんとしていたミコちゃんは、食紅水に興味を示した。けれども、初めて見る真っ赤な水に戸惑っているのか、ただ眺めているだけである。私がやってみればやってくれるかと思って右手を食紅水につけてぺたんと紙に押し付けると、おもむろに右足を浸して紙にぺたりとタッチしてくれた。最初は水を多く含んでたからべしょべしょになってしまったが、二枚目三枚目の紙につけてもらった分は使えそうだ。

「あーっありがとうございますありがとうございます! とりあえず、タオルでお手て拭こうね!」

 無事に肉球のあとを押してもらった紙はテーブルの上に避難させ、ミコちゃんの手をタオルで拭く。ミコちゃんは水やお湯を追いかけるのが好きな子なので、お風呂場で遊んでいればある程度は落ちるだろうか。どうせならば、今月のシャンプーもしてしまおう。お風呂場が大惨事になりそうな気配がしたが、気にしない事にする。

「良かった……今年も無事出来た……」

 ミコちゃんの気が済むまでお風呂場で遊んで、ついでにシャンプーもして。ふかふかに乾いた自分の毛にご満悦のまま寝ているミコちゃんの傍らで、必死にペンタブのペンを走らせる事数時間。憎々しいまでの真っ白だったキャンバスに、肉球スタンプが添えられたミコちゃんのイラストが完成した。後はこれを印刷して、今年もよろしくと手書きで添えるだけだ。

「マジでミコちゃん様さまだわ……明日高級猫缶とおやつ買ってこなきゃ……」

 私が寝るベッドのど真ん中で寝入っているミコちゃんを眺めながら、そんな事をぼそりと呟いた。

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