動物兵器密造工場を叩け

oxygendes

第1話

 動物兵器密造工場の疑惑有りとの通報があり、俺は相棒コンパニオンの黒猫サブリナとともに緊急出動した。

 疑惑の場所は地方都市のさらに郊外、鄙びたローカル線の小さな駅の近くだった。空路から乗り継いでローカル線の小ぶりな車両に乗り込んだ際の俺の服装は、ツイードのジャケットにゴルフパンツ。サブリナをバスケット型のケージに収めた姿は、愛猫を動物病院に連れて行く飼い主と言ったところだ。相手に気取られること無く捜査するための変装である。


 動物兵器は、猫や犬などの小動物を訓練、改造して対人用の攻撃兵器にするもので、動物兵器禁止条約で製造、保有、使用が禁じられ、我が国も批准して実施のための法律を制定している。だが、密造して輸出、あるいは犯罪組織に提供しようとする輩が続出したため、俺たち動物兵器Gメンが摘発に当たっている。通報があれば速やかに出動し、違反行為が発見されたら、直ちに摘発、排除するのだ。


 車窓から眺める風景は、すぐに緑の多い田園地帯に変わった。膝の上に載せたケージの中から、サブリナは窓の外の野原や森林を物憂げに眺めていた。

「窮屈なケージですまんな。到着したら外に出してやるからな」

 サブリナはこちらをちらりと見て、すぐに顔を窓の外に向けた。

「もう少しの辛抱だ」

 今度は首を小さく振っただけで振り向きもしなかった。


 車窓を通り過ぎる住宅の数が次第に増え、列車は住宅地に入った。やがて目的の駅に到着する。俺はケージを提げて列車を下りた。

「ミャーッ」

 サブリナの鳴き声に、バスケット型のケージの前面扉を上半分だけ開けて外がよく見えるようにする。

「外に出られるのはもう少し先だ」

 サブリナは扉の枠に前足をかけ、外を見つめていた。


 駅の前にはコンビニが一軒あるだけで、閑静な住宅地になっている。動物兵器密造と言う悪辣な犯罪が行われている様には見えなかったが、得てしてそういう場所が狙われやすいと言うことはこれまでの経験で身に染みていた。


 まず、動物兵器の訓練らしきものの目撃情報があった河川敷に向かう。駅から一キロ程の距離の場所だ。駅の前の道を西に向かって進み、十分ほどで到着した。コンクリートで固められた護岸の下によしや薄が茂る茂る河川敷が広がっている。土手の上をランニングする人がちらほらいるが、河川敷にはほとんど人はいなかった。白猫を膝の上に抱えた作務衣姿の老人が座り込んで河川敷を眺めているくらいだ。


「ウニャア」

 サブリナがケージの扉から顔を出し鼻をすんすんさせた。目を輝かさせて河川敷を眺めている。彼女が大好きな野鼠がいっぱいいるのだろう。だが今は任務に専念すべき時だ。


 護岸に作られた石段で河川敷に下りようとしたら、ちょうど老人が上がって来るところだった。脇によけて待機する。こちらを見上げた老人は会釈をし、上がって来る足取りを速めた。すれ違ったところで声をかけてくる。

「下りて来られるところをお邪魔して申し訳ない」

「いえいえ」

「綺麗な毛並みの子ですな。女の子ですか?」

「ええ、サブリナと言います」

「賢そうな目をしておられる」

「猫ですから犬みたいに芸をしたりはしませんが、時々、ヒトの言葉を理解しているのでないかと思う時がありますよ」

「なるほど、うちのペルシャも……」

「ウニャ」

 老人の腕の中で白猫が鳴いた。

「このように」

「確かに」

 老人は呵々と笑い、上機嫌で立ち去って行った。


 俺は河川敷に下り、老人の姿が見えなくなった事を確認してからサブリナをケージから出した。

「さあ、仕事だ。匂いを見つけておくれ」

「ニャー」

 一声鳴いて、すたすたと歩きだす。草むらに姿を消し、暫く経つと、

「フニャー」

大きく鳴いた。急いで駆けつけると、小さな丸いものの傍でお座りしている。

「よくやった」

 サブリナの頭をなで、丸いものを拾い上げた。それは訓練用のリモコンデコイだった。電池が無くなり放置されたものらしい。

 対人攻撃用の兵器猫キラーキャットはまず猫じゃらしで目標への執着を植え付けられる。次に、猫じゃらしに特殊な匂いを付け、猫じゃらしと匂いを同一視させる。その上で匂いを付けたリモコンデコイを追う訓練をして、最終的には遠距離にいるその匂いを持つものを襲うように条件付けするのだ。そして、前足の爪を改造して毒液を注入する機能を付し、襲われた人間を一瞬で無力化する動物兵器にするのだ。


 ここで訓練が行われていたのは間違いない。問題は改造手術をする本拠地がどこかと言うことだ。

「ここで訓練していた猫たちの匂いが有るだろ。どっちに続いているか教えておくれ」

「ニャー」

 サブリナは俺を見上げて鳴いた。そのヒゲはピンと上に張っている。


 石段から始め、曲がり角や分岐路でサブリナに訊ね、彼女が、

「ニャー」

と鳴いた方に進む。


 八百屋やケーキ屋、スーパーの前を通り過ぎ、幼稚園の少し先、二階建てのアパートの前でサブリナが歩みを止め、

「ニャー」

と鳴いて俺を見上げた。ここが目的地だった。


 見たところ普通のアパートに思えた。だが、周囲を二メートル程のブロック塀で囲っている。中で行われていることを隠すためのものかもしれなかった。

 人通りの無い瞬間を見極め、敷地に入り込みブロック塀の陰に身を潜める。道路から見えないように身をかがめて、内部を窺える場所は無いか探して回った。窓には全て内側に分厚いカーテンが閉めてあった。だが、一カ所だけカーテンの締め方が不完全で僅かな隙間が開いているところがあり、そこから覗くと……、


 内部は一続きの広い空間になっていた。壁沿いには何段にも積み重ねられたケージがあり、そのほぼ全てに猫が一匹ずつ収容されていた。内側のオープンスペースに二人の男が座り込み、それぞれ一匹の猫に対して猫じゃらしをプルプルと振って、兵器猫の第一段階の訓練を行っている。部屋の奥には透明の壁で区切られた、手術用エリアらしい場所もある。ここが動物兵器密造工場で間違いない。


 俺はポケットから緊急通報装置を取り出し、動物兵器密造工場発見のコードサインを入れて発信ボタンを押した。これで応援の部隊がすぐやって来る。俺は実行犯の確保に取りかかった。

 サブリナの前に屈みこんで小さな声で話しかける。

「俺はこれから中に乗り込む。君はここで待機していてくれ」

 サブリナは俺を見上げて、

「ニャン」

と鳴いた。


 俺はケージの底からテルミット剤のチューブを取り出し、窓枠に沿って絞り出していった。四方を一周するように付着させた後、時限点火装置を差し込んでスイッチを押し、横に退避して耳を抑える。

「三、二、一」

 ズンッと言う轟音と共に閃光が走る。すばやく駆け戻り、赤熱し溶融した窓枠ごと窓を蹴破って内部に突入する。


 二人の男は突然の事態に動転していた。

「動くな。環境省アンチ動物兵器局第七課の動物兵器Gメンだ。お前たちを逮捕する。両手を上げて壁に向かって立て」

 俺は制圧用のNJ銃を構えて叫ぶ。素直に従ってもらえれば任務は速やかに完了するのだが……、


「ボス、大変だ」

「環境省の手入れだ」

 二人が叫ぶと奥の部屋から白衣を着た人物が現れた。先ほど河川敷にいた老人だった。

「やはりお前は犬だったのか。いけ好かない奴だと思ったぜ」

 ふてぶてしい態度でうそぶいてくる。

「一人で乗り込んでくるとはいい度胸だ。だがな、」

 老人が手に持ったスイッチを操作すると、カチャと言う音と共に部屋中のケージの扉が開いた。キャットウォークを伝って猫たちが出てくる。

「この猫たちは既に……」

 ドドドッ

 老人の言葉の終わるのを待つ事無く、俺はNJ銃を連射した。この距離では外しようはなく、NJ弾は三人の額に命中した。

「うげっ、何だこれは」

 額に貼りついたNJ弾から猫じゃらしの先端が跳びだし、くるくると回転を始めた。

「兵器猫は猫じゃらしで訓練される。猫じゃらしへの執着は何よりも強い」

 くるくる動く猫じゃらしを見て、猫たちの目の色が変わった。一斉に三人に襲い掛かる。

「「「フニャー」」」

「「「ぎゃあ」」」

 猫たちの爪が三人の顔を引っ掻く。爪に仕込まれた薬剤の効果はすぐに現れた。

「うげぇ」

 三人は床にうずくまり、目、鼻、口から涙、鼻水、涎を、うるうる、じゅるじゅる、ぽたぽたと垂れ流し始めた。

 薬剤は強力なアレルギー反応を引き起こす。アレルゲンは空気中の微量な排気ガスで、薬剤を注入された人間は人里離れた山中か、完全な空気浄化ルームに行かない限り、垂れ流される涙、鼻水、涎で行動不能の状態になるのだ。悲惨極まりない状態だが、自らが作った動物兵器によるものであり、自業自得と言うしかない。


 やがて応援部隊が到着し三人を逮捕し、猫たちを保護した。猫たちは毒爪を元の爪に戻す手術を受けることになる。

 こうして任務は完了したのだが、ちょっとしたハプニングがあった。アパートの外で待っているはずのサブリナがいなくなっていたのだ。野鼠がいっぱいいる川原に行きたいと言う欲望にあらがえなかったらしい。彼女は三日後に帰って来たのだが、その間に妊娠していた。そうして彼女は産休に入り、その間、俺はハシブトガラスのエドガーを相棒コンパニオンにすることになったのだった。


 猫の手も借りたいと言う言葉がある。俺の動物兵器Gメンとしての活動はサブリナの力を借りることで成り立っていた。猫の手を借りた結果として今の事態になった訳だが、こればかりは仕方ないと言うところだろう。彼女は誇り高い猫族であり、その行動を人間が全てコントロールするなど、はなから望みようのない事なのだから。


            終わり

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