第7話、龍の森

 雨が、降っていた。


「…………ォ、え」


 口の中が、血でいっぱいだ。

 胸に穴が空いている。だが、奇跡なのか……僕は、生きている。

 痛くて死にそうだし、血がいっぱい出てる。


「…………」


 身体を起こすと、すでに辺りは真っ暗だ。

 不思議と、恐怖はなかった。

 隣には、ロイの死体がある。

 荷物を漁られていた。金目のものは、全部奪われていた。


「…………ぅ」


 なぜか、涙が出た。

 ロイの死。僕には、あまりにも理不尽で……胸が抉られた。

 僕は、立ち上がる。

 なぜか立てた。胸の血は、固まっているように見えた。

 どうやら、ジャコブの槍は僕の内臓を避けて通ったらしい……。


「……借りていくね」


 僕は、落ちていたロイの剣を腰に差す。

 ジャコブのナイフを手に、歩きだした。

 ロイの埋葬はしなかった。

 できなかった。

 腕に力が入らないし、歩くのに精いっぱいだった。

 森を出ると、空一面が星に覆われていた。


「あぁ……」


 世界はこんなにも美しい。

 なのに、どうして……どうして、この世は理不尽なんだろう。

 魔力がないだけで追放され、せっかく信頼できる人が、友人ができるかもしれないと思ったら……この有様だ。何もかも奪われ、僕は大地に立っている。

 

「もう───……疲れた」


 いろんな思いが駆け巡る。

 父上、イザベラ、キルト、プリメラ。そしてジャコブ……ロイ。

 信じていたものが、何もかも崩れ落ちた。


「…………」


 ふと、気付く。

 龍の森の雲が、晴れていた。

 

「…………」


 僕は、歩きだす。

 龍の森へ。危険地帯へ。

 何もかも、終わらせるために。


 ◇◇◇◇◇


 龍の森。

 不思議な森だった。

 ジャコブが言うような凶悪さは、全く感じない。

 あの黒い雲がないからだろうか……? 

 入口には『危険』の立て札があった。だが、僕はそれを無視し、中へ。

 真っ黒な森なのに、中は星明りがとても綺麗に照らされ、歩きやすい。

 何も考えずに歩いていると……大きな岩がある広場へ出た。


「…………」


 僕は、岩を背にずるずると地面に座りこむ。


「綺麗な、星だ……」


 僕はジャコブのナイフを投げる。

 そして、ロイの剣を抜き、ナイフに向けて叩きつけた。


「ロイ……あいつのナイフ、へし折ってやったぞ」


 何の意味もない復讐……でも、少しだけ満足した。

 砕けたナイフに目もくれず、僕はロイの剣を首に添える。


「もう、疲れた……母上」


 涙が出た。

 母上に、会いたかった。

 僕を生んでくれた母上。病で亡くなり、最後まで僕のことを愛してくれた。

 父は、母を愛していなかった。

 継母のイザベラを愛し、僕を愛しているように見て才能しか見ていなかった。

 

「死んじまえ、くそ……死んじまえ」


 涙が出た。

 死んでほしかった。初めて、人を呪った。

 そして、幼馴染にして婚約者のプリメラ。

 仲良くできてると思ってたのに……そう思っていたのは、僕だけだった。


「もう……疲れた。ごめんなさい、母上」


 もう、全部終わりにして『うるさいのぉ……』……え?


『うるさいのぉ。最後くらい、静かに過ごしたいんじゃ』

「…………は?」


 岩が、喋った。

 僕が持たれかかっていた岩から、細い何かが伸びる。

 それは、首。蛇のような首。

 首の先には頭がある。そして───……雲がかかっていた月が見えた。星明りだけでなく、月明かりが広場を照らす。


『人間か……実に、久しぶりじゃ』

「…………え」


 それは、くすんだ白い表皮を持つ、ドラゴンだった。

 身体を丸めているようだ。さらに、身体の鱗が所々剥がれ落ち、至る所にシミのような跡もある。

 顔はしわだらけで、体毛も少し生えている。

 目はエメラルドグリーン。だが、ひどく濁っているように見えた。


「ドラゴン……」

『ふむ、驚かんのか』

「うん。どうせ、死のうと思ってたし……」

『……そうか』


 そう言い、ドラゴンは僕の傍に頭を置いた。

 不思議だ。ゴブリンすら怖かったのに、ぜんぜん怖くない。

 むしろ、優しさするら感じる。


「僕はリュウキ。あなたは?」

『……名はない。人はワシを『真龍エンシェントドラゴン』と呼んでいたがな』

「エンシェントドラゴン……」


 あはは。おとぎ話に出てくる最強にして最古のドラゴンじゃないか。

 夢でもうれしい。こんなドラゴンに会えるなんて。


『お前さん、魔力を感じないな。む……これは、呪いか? 魔女の呪い……』

「……魔女?」

『うむ。人間の魔法使いの到達点の一つ。魔法を昇華させた『呪』じゃ』

「……イザベラ。あいつ、魔女だったのか」

『この呪いは「略奪」の呪い。そうか、お前さん……魔力を奪われたのじゃな? しかも、この器に残っている量からして、ざっと千人分ってところかの……才能ある若者が、なぜボロボロで、この森に?』

「……ぜんぶ、奪われたから」

『……そうか』


 エンシェントドラゴンはそれ以上何も言わず、頭を寄せてきた。

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