第6話、罠
田畑を荒らすゴブリンを退治してほしい。という依頼。
ゴブリンは、近くの森に住んでいる。アジトを壊滅させるのが今回の依頼だ。
とはいえ、僕は丸腰。
ジャコブさんは、懐からナイフを取り出した。
「ほれ、持っとけ」
「あ、ありがとうございます」
「お前も、ロイみたいに装備整えてから冒険者登録しろよ?」
ジャコブさんは笑っていた。ロイというのは、ジャコブさんに誘われた少年だ。
有名な商家の四男坊らしいけど、家を継ぐのは兄で、頭も要領もよくない弟は必要ないと、手切れ金を渡され追い出されたのだとか……その境遇を知り、僕は悲しくなった。
でも、お金があるだけマシ。そう思えなくもない。
城下町を出て、ゴブリンが潜む森の入口にやってきた。
「あの、ジャコブさん。あっちに見える黒い森、なんですか?」
「……あそこは絶対に近づくな。王国が立ち入り禁止にしている、超危険区域だ」
ロイが指さしたのは、ここから遠くに見える森だ。
だが……おかしい。
あの森だけ、木々が黒く見える。さらに森の頭上にだけ漆黒の雲が渦巻いていた。あそこだけ別世界に見える。
「あれは『龍の森』だ。知ってると思うが、あそこには最強の種族である『ドラゴン』が住み着いている。手を出さなきゃドラゴンは何もしないが、怒りを買うと王国は終わりだ」
「「ど、ドラゴン……」」
聞いたことがある。
おとぎ話に出てくる伝説の魔獣、ドラゴン。
そのブレスは世界を焼き尽くし、空を飛べば覇者となり、海に潜れば深海の王。
強大な魔力を身に宿し、たった一匹でも世界を蹂躙できるという。
「まぁ、ドラゴンが住んでいるかどうかは誰にもわからん。あの漆黒の雲もドラゴンが吐きだした雲だっていうがよくわかっていない。一つだけ言えるのは……あそこに踏み込んだ冒険者は、誰も帰ってこなかった。A級冒険者グループ『神風』が調査に出たが壊滅……リーダーにしてA級冒険者のゲイルだけは帰ってきた……上半身のみで、空から城下町のど真ん中に落下したって話だ。なぜ空から?……ドラゴンがブン投げたんじゃないかってな」
「「ひっ……」」
「あっはっは。もう何十年も前の話だ。だが、それ以来あそこは立ち入り禁止だ。いいな」
「「は、はい」」
思わずロイと顔を見合わせてしまう。
ジャコブは笑いつつ、ゴブリンの森へ。慌てて僕とロイも後を追う。
◇◇◇◇◇
森は静かだった───が、異臭がした。
「う……」
「吐くなよ。これはゴブリンの体臭だ。二人とも、武器を構えておけ」
ロイが剣を抜き、僕もナイフを抜く。
短剣……いちおう、習った。
剣、槍、大剣、ハンマー、鎖、ナイフ、ヌンチャク、徒手空拳……今思うと、魔力があったからこそ、身体強化をして使うことができた。今は……?
「身体強化もしておけ。藪から飛び掛かってくる可能性もある」
「……あ、あの」
「ん?」
「ぼ、僕……その、身体強化、できないんです」
「はぁ?」
驚いたのはロイだった。
辛い。子供でもできるし、虫や動物だってできる身体強化。
呼吸できる?って聞いて「できません」なんて言う奴はいない。だが……僕はそのレベルなのだ。
ジャコブも驚いている。
「……ま、まぁ調子悪いんだろ。無理すんな」
「…………」
中途半端な優しさが胸を抉る。
涙が流れそうになるが堪える。
そして───匂いが、より一層厳しくなった。
「いたぞ。数は……ついてるな、十匹だけだ。だが、村で女を攫って繁殖すれば爆発的に増える。まだ小規模の群れでよかったぜ」
「あ、あの……作戦は」
「決まってる。オレが八匹、お前たちで一匹ずつだ。冒険者の心得……まずは、命を奪うことを実感しろ───一匹ずつ、任せたぜ」
ジャコブが飛び出した。
ギョッとするロイと僕も、思わず藪から出てしまう。
『ギャァァ!!』『ギャッギャ!!』
ゴブリンが気付いた。
ロイは震えている。僕も……震えていた。
ゴブリン。手には錆た鉄の棒を持っている。
訓練通り。訓練を思い出せ。
「……ひ」
「う、うああぁぁぁぁぁっ!!」
ロイががむしゃらに剣を振る。
僕は歯を食いしばり、向かってくるゴブリンを見た。
『じゃあな、兄貴』
『さっさと失せなさい』
キルト、イザベラの顔が、ゴブリンと重なった。
「ふざ、けんじゃねぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫すると、ゴブリンがたじろいだ。
僕は走り、ゴブリンへ接近。
「せいっ!!」
廻し蹴りでゴブリンの腕を蹴り、鉄の棒を叩き落す。
そして、ナイフを───喉に突き立てた。
『ごぼ、ゴボォ』
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!」
『ぉ……』
ゴブリンは、動かなくなった。
ロイも、腕から血を流していたが何とか倒したようだ。
「や、やった……やった」
「あ、ああ……やった」
命を奪った。
そして、魔獣を倒した。
「おつかれさん」
ジャコブが来た。
ゴブリンは全滅していた。すごい……あっという間に。
ジャコブはグッと指を立てた。ロイは興奮し立ち上がる。
「ジャコブさん、オレ、やりま」
「おつかれさん」
「げぅっ……ぁ?」
そして、ジャコブの槍がロイの喉に突き刺さった……へ?
ロイは、即死だった。
喉からゴボゴボと血が出て、目を見開いている。
なぜか、僕にはロイの死体がゴブリンに見えた。
「どれどれ……お、やっぱな。商家の息子って言ってたし、けっこう持ってると思ったんだ」
ジャコブは、ロイのカバンから冒険者プレートを取り出す。
残高を確認しているように見えた。
そして───僕に向き直る。
「な、なんで……」
「商家のお坊ちゃん、貴族のボウヤ……金、持ってんだろ?」
「ま、まさか……」
「そういうこった。冒険者の心得……怪しいお兄さんは、信用するな。だ」
槍が向けられる。
「プレート、出せ」
「ひ……っ」
震える手でプレートを出す。
残高は当然、ゼロだ。
「あぁん? なんだこれ……おい、金は!?」
「な、なな、ない……です」
「……チッ、ハズレか。もういいや」
「がっ」
胸に槍が刺さった。
え、え、え……なんで?
痛い。口の中、あつい。
「あーあ。まぁ、こっちのガキはそこそこ持ってたしいいか」
ジャコブ、去る。
死ぬ……眠い。
「…………ぅあ」
なんで……こんな、めに。
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