第8話、エンシェントドラゴン

 目を覚ますと、周囲が明るくなっていた。

 そして、気付く……怪我が、治っていた。


「あ、あれ……?」

『わしが、治しておいた』


 エンシェントドラゴンが、頭をムクッと起こす。

 濁った眼を僕に向け、口を歪めたように見せる。

 そして、首を伸ばして近くの木に突っ込むと、大きな赤い果実を咥えて戻ってきた。


『食え。力が付くぞ』

「…………なんで?」

『人は食わねば生きられん。わしのようなドラゴンは食わんでも生きていけるがのぉ』

「違う。もう、食う必要はない……死ぬから」

『全てを失ったから、か?』

「…………」


 何も言えなかった。

 赤い実を見ていると、腹がグゥグゥ鳴る。こんな時でも腹は減る。

 エンシェントドラゴンは、頭を地面に置いた。


『少し、わしの話をしてよいか?』

「…………うん」

『ふふ。同族でも、わしのような強大なドラゴンの話を聞くやつはおらん。わしはな、この森に……死にに来たんじゃよ』

「え……死ぬ?」

『ああ。寿命じゃ……もうすぐ、わしは死ぬ』

「…………」

『若かりしころ……まだ人間がそんなにいないころじゃな。けっこう無茶もした。同族一万体を相手に戦ったこともあった。いつの間にかわしの傍には、誰もいなくなった……長い間、ずっとひとりじゃった。最初はどうということもなかったが、ある日気付いたんじゃ……ああ、寂しいと』

「ドラゴンが、寂しい……」

『わしらも、感情はある。ここではない中央諸国に行けばわかる。人に手を貸すドラゴンや、人を従えるドラゴン、暴れ回るドラゴンも多い。みな、わしが中央を離れたせいでもあるがの……』

「…………」

『わしは、死ぬ。最後……ひっそりと。だが、おぬしが来た』

「……俺は」

『死ぬために、じゃな。ははは……わしと同じじゃ。不思議と、おぬしはわしを恐れなかった。リュウキ……わしはな、嬉しかったんじゃ』

「……あ」


 エンシェントドラゴンの目から、涙が落ちた。

 僕は、無意識のうちにエンシェントドラゴンに手を伸ばし、頭を撫でていた。


『おお、気持ちええのぉ……』

「……ぅ、うう」


 僕も、涙がこぼれた。

 なぜだろう。どうして、僕の周りには『死』が多いんだ。

 エンシェントドラゴンは、言う。


『リュウキ。死ぬな』

「え……?」

『わしは、お前に死んでほしくない。これを食え』


 エンシェントドラゴンは、自分の尻尾の先端を食い千切る。

 そして、口の中で小さくブレスを吐いて焼き、僕の前に置いた。


『これはドラゴンの肉。わしの意志で、お前に食わせる。お前が喰えば、お前の身体はドラゴンの器として整うだろう……さぁ、食え』

「…………あ、む」


 嫌悪はなかった。

 淡白で、鳥肉のような味……美味かった。

 一口齧るたびに、身体の調子がよくなっていく。

 大汗が流れる。まるで、身体の毒が燃えるような。

 肉を完食すると、頭が物凄くスッキリしていた。

 眠気も消え、快適そのものだ。


『整ったな。さぁ、最後にこれを……』


 エンシェントドラゴンは、口の中から小さな宝石を出した。

 キラキラ光る飴玉のような宝石だ。

 僕は迷うことなく、飲み込んだ───……次の瞬間。


「───ッ!? う、おぉぉぉっ!!」


 物凄く熱い蒸気が頭から噴き出したような気がした。

 実際には何も出ていない。だが、間違いなく出ている。

 魔力ではない。もっと濃密な何か。


『それは「闘気」……人間でいう魔力のようなもの。ドラゴンにしか扱えない「闘気」じゃ』

「と、闘気……」

『さぁ、身体強化を使ってみろ。魔力と同じやり方じゃ』

「……ッ」


 僕は立ち上がり、全身に魔力───……ではなく、闘気を漲らせる。


「う、ぁぁぁぁぁ!?」


 爆発するような闘気が全身を駆け巡る。

 やばい。制御できない。

 それだけじゃに───……僕の腕に、鱗が生えていた。


『抑えろ。常に十分の一以下で強化するように心がけるんじゃ』

「じゅ、じゅうぶんの、いちって……」

『わしの力を完全に開放すれば、お前も持たん。リュウキ、己を鍛えよ。力と技を磨き、強くなれ。新しい人生を生きるのじゃ』

「新しい、人生……」

『うむ。闘気は普通の人間から見ると魔力にしか見えん。人の世界で学び、強くなれ』

「……え、待った。身体が」


 エンシェントドラゴンの身体に、亀裂が入る。

 エンシェントドラゴンは、口をモゴモゴさせると、牙を何本かへし折って吐き出した。


『持っていけ。売れば金になる』

「待った、待った!! 身体が、崩れて」

『ははは。寿命と言ったじゃろ? 最後に、楽しい会話ができた───……』

「エンシェントドラゴン……っ」


 僕は、エンシェントドラゴンに抱きついた。

 頭を撫で、抱擁する。


『ああ……温かいのぉ』

「ありがとう、ありがとう……」

『ふふふ、リュウキの未来に、幸あれ……』


 エンシェントドラゴンは砕け散り……その身体は、灰となり風に乗って消えた。

 僕は、風になったエンシェントドラゴンを見送る。


「ありがとう、エンシェントドラゴン……僕、頑張るよ」


 僕の身体には、闘気が満ちている。

 大賢者なんて比じゃない、ヒトと比べることすらおこがましい、膨大な闘気。

 

「学び、鍛えろ……か。それに、中央諸国……エンシェントドラゴンが住んでいたところ」


 そこに行くのもいいな。

 それに、今なら何でもできそうだ。

 でも、その前に。


「……ロイの埋葬と、ジャコブに『お礼』しないとな」

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