第3話、婚約者

 屋敷を出ると、門兵に押し出されるように突き飛ばされた。

 屋敷の門がガシャンと閉まり、リュウキは完全に締め出される。

 もう、屋敷には戻れない……幸い、父の情けの金貨がある。


「…………はぁ」


 リュウキは、城下町へ向かって歩きだす。

 まず、宿を取る。

 それから、今後どうするかを考えよう。そう思っていると、一台の馬車が止まった。


「リュウキ?」

「……プリメラ」


 亜麻色の長い髪。桃色のドレスを着た十五歳の少女、プリメラだ。

 リュウキの婚約者でもあり、侯爵家令嬢でもある。

 買い物にでも行くのか、ちょうど公爵家向かい側の屋敷から馬車が出た。向かい側はプリメラの屋敷。リュウキとプリメラは幼馴染でもあり、婚約者でもあった。


「なに、その荷物? 買い物でも行くの?」

「……追い出されたんだよ」

「え? お、追い出されたって……」


 プリメラはすぐに察した……リュウキが魔力を持っていないことを知っていた。

 リュウキは、寂しそうに笑う。


「プリメラ、ちゃんとお別れしたかったけど……ごめん。僕はもう公爵家の人間じゃない。婚約も解消だよ」

「…………」

「今までありがとう、さようなら」

「待って!!」


 去ろうとするリュウキを、プリメラが呼び止める。

 馬車のドアが開いた。


「乗って。町まで行きましょう」

「プリメラ。でも……」

「いいから!!」

「わ、わかったよ」


 馬車に乗り込むと、走り出す。

 プリメラは、さっそく聞いた。


「何があったの?」

「見ての通りさ。僕の消えた魔力、もう回復の見込みはないようでね、次期当主の座をキルトに譲って、僕は追放、除名だって」

「そんな……」

「わずかな餞別だけもらって、さよならだってさ」


 金貨袋を見せ、リュウキはため息を吐いた。

 プリメラは、リュウキに聞く。


「これからどうするの……? その、私は……力になれないかも」

「わかってる。僕を匿ったりしたらプリメラが危険だ。大丈夫、算術は得意だし手先も器用だからさ、城下町で仕事を見つけて暮らすよ……」

「リュウキ……」

「プリメラ、改めて……今までありがとう。後日、正式に婚約破棄になると思う。きみが婚約者で、僕は本当にうれしかったよ」

「…………」


 城下町に到着した。

 馬車のドアが開く。ここからは歩きで行く。

 最後に、リュウキはもう一度プリメラにお礼を言おうとした……が。


「えっ」

「ごめんね、リュウキ」


 ドン!!───と、リュウキはプリメラに突き飛ばされた。


「うわっ!?」


 馬車から落ち、地面に叩きつけられる。

 そして、見た。

 今まで見たことがないくらい、プリメラの目が冷えていた。


「魔力がないのはまだ許せたけど……次期当主の座がなくなったなら、もう用はないわ」

「ぷ、プリメラ……?」

「ドラグレード公爵夫人になれるならって我慢してたけど、もういいわ。婚約破棄はこっちからお願いする。ああ……キルトの婚約者になればいいのかなぁ?」

「ぷ、プリメラ……どういう」

「まだわかんないの? 大賢者レベルの魔力を持ってるし、次期当主だっていうから婚約者になったのよ? それを両方失って、あんたに価値あると思う?」

「……え」

「あんたみたいなダサい男、こっちから願い下げ。ああ……これ、手切れ金代わりにもらっておくわ」


 プリメラの手には、金貨袋があった。

 リュウキが胸元を確認すると……ない。父からもらった金貨が、ない。


「じゃ、せいぜい死なないでね~」

「プリメラ、待った!! その金貨は───」


 馬車は走り去ってしまった。

 荷物のカバンを載せたまま行ったので、本当に何もなくなってしまった。


「…………」


 全てを失った絶望で……僕はしばらく動けなかった。

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