Part 10(End of chapter)
運転手は、自分の体の異様を、見て見ぬふりをしている。気を使っているのかもしれない。
彼に導かれ、小屋の中に入る。屋内は細長い造りになっている。
銃を撃つボックスが三つだけの、狭い射撃場。
客は自分しかいない。
オーナーらしき禿げ頭の男が、にこにこしながら、やって来る。広い額に脂が浮かんでいる。こいつも日系人のようだ。
四十五口径とおぼしき黒い短銃を手渡される。
「真ん中の場所で、どうぞ」
指示された場所に移動し、銃を構える。
用意された的を見て驚く。
亜矢香が、全裸のまま紐で縛られ、はりつけになっている。
「ほんとは、人を撃ちたいんだろ。撃ってみろよ」オーナーが言う。
むろん、躊躇する。
「撃っていいのよ! あなたに撃たれて弾け飛ぶ肉片は、あなたのものになるのよ!」亜矢香の叫ぶ声が聞こえる。……
……また架空の夢だった。
どうやら夜明けまで、同じような内容の悪夢が続きそうだった。失った肉体を、亜矢香が補ってくれる夢。朝まで耐えられるだろうか。
眠気が、やって来た。昨夜までとは違って、間隔が極端に短い。……
……砂場。子供の頃、よく遊んだ砂場。
公園? 違う。長方形の砂場の周りには黒々とした土しかない。
手や足が、無造作に散らばって置かれている。腕や太ももや胴体が、砂に突き刺さっている。
砂場には体が、たくさん埋まっているような気がする。
なんだ。こんなところに、あったのかと思う。簡単だ。
スコップを取り出し、喜んで自分の体をさがす。顔が、にやけているのが判る。
しかし掘っても掘っても、なかなか見つからない。感じるはずの痛みが、訪れない。
どうしたのだ。ここに全部あるはずなのに、と思う。
途方に暮れていると、普段着にエプロン姿の女が目に入る。亜矢香だ。
亜矢香の顔は、こわばっている。
「あなたの体は、この砂場には無いの。もうどこにも無いの。どうして分かってくれないの?
あなたの体は、わたしが何とかするから」
いつの間にか自分自身が、服ごと小さくなっていることに気付く。子供のような体つきになってしまっている。砂場が、やけに広く感じる。……
……ほとんど間を置かず、立て続けにこんな夢ばかり見せられるのでは、たまらない。窪原はついに、この状況に耐えられなくなってしまった。
そうか。そんなに俺を殺したいのか。なら、死んでやる。もう、こんな島など、まっぴらだ。彼は、思う。
とても朝まで待っていられなかった。ベッドから下りて、衝動的に小屋を出た。走り出す。
ふと空を見上げる。月や星など無い。人に慰安を齎すものは、悉く排除された島。その島とも、いよいよお別れだ。
北の海に向かって走っている間は、不思議と眠くならなかった。死に向かって行動している間は、眠くならないのだろうか。
暗闇の中、幾分迷い、時間もかなり掛かったが、何とか辿り着く。
北の海は、思いの外、静かだった。静かなはずだった。海には波が立っていなかったのだ。海水は、まるで重油にでもなってしまったかのごとく、鏡のような水面を露にしていた。
しかし彼は、赤本がそうしたように、海に入り、猛然と沖に向かって走った。
が、何の変化もない。当然だった。夜は死ぬことが出来ないのだ。夜の暗闇は、太陽の影ではないのだ。それが、この島の残酷さでもあった。朝までは強制的に夢を見せられるのだ。
今の俺は、死ぬ事すら出来ない、窪原は立ち止まって思う。判っていたことではあったが、こうせずにはいられなかったのだ。
彼は、海中に没した。北の海が、死に導かないのであれば、息を止めて死のうとしたのだ。
塩水が口に入ってくる。
身体の細胞が、酸素を求めて爆発しそうな苦痛。
彼は、その苦しさのあまり、何度も海上に出ようとした。
それを必死に耐えて、身体が浮き上がろうとするのを無理に抑え付ける。
やがて、意識が遠くなってきた。……
……狭い会議室のような部屋にいる。
縦横無尽に亀裂の入った壁。煙草のヤニで黄色くなっている。
部屋の片隅に、枯れた観葉植物が置いてある。
コの字型に組まれた古臭いテーブル。簡素な椅子。
そこにダークスーツを着込んだ老紳士が、数人席についている。
責めるような視線に晒されながら、彼らの前に立ちすくんでいる。
また夢を見ているのだ。たまらなく嫌な気分になる。
「死ぬのは怖いかね?」
かすれた老人の声。一人が言っているような、それでいて全員が言っているようにも聞こえる。
確かに怖い。死のうとしているのに、まだ怖い。
「眠っている状態と、たいして変わらんよ」
違う。目覚めるという確信があるから眠れるんだ。死と眠りは違う。
「死が怖いのは、太古から受け継がれてきたお前の遺伝子が叫んでいるからだ。お前の意思ではない」
……そうかもしれない。
「もうお前は、死んだ方がいいのだ」
「現実に戻っても、辛いことばかりだよ」
「お前が帰りたがっている世界だって、そう長くは続かない。人は滅びに向かって驀進しているのだ。あらゆる困難な問題が錯綜している事実を、気付いていないはずはない」
「問題は互いに影響し合って、さらに大きな問題となる。深刻過ぎる事態だ。とても解決など出来ない」
「お前は見て見ぬ振りをしているんだろ」
「関係ないと思ってるんだろ。自分が生きているうちは、だいじょうぶだって」
「子供がいないから、そう思えるんだ」
「無責任な奴だ。ここらへんで消えてしまいな」
「その方がいい。その方が……」
きつい言葉を浴びせられ、ふらふらする。判った。よく判った。死ぬ。
「死ぬのは怖いかね?」……
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