Part 5

「やさしいんですね。ほんとに。〈導き〉さんが言ってたとおりだわ」

 真菜に言われて、置部は自分でも顔が赤くなったのが判った。彼は、この島で二十代終わりの姿こそしているものの、実際には、かれこれ五十年近く既に生きているのである。さすがに未だ感情をコントロールできない自分が情けなくなった。


「ところで仲條さん。昨日の夢って、どんな内容なんですか? 良かったら話してくださいませんか」

「それは……ごめんなさい。置部さんには、とても話せないわ」

 そう言われると置部は、よけいに聞きたくなった。

「人に話せば、ちょっとは楽になりますよ」

「でも……」真菜は、うつむいてしまった。

 気まずい沈黙の時が流れた。


「それじゃあ、行きますか。また、いったん小屋に戻ることにしましょう」

 真菜が立ち上がり、二人は沼地の縁に沿って歩き始めた。

 しばらく歩いたところで、置部は急に立ち止まった。


「置部さん、どうしたんですか」

 彼は動けずにいた。左の股関節から太もも、ふくはらぎ全体が、あまりにも懐かしい痛みに襲われていたからだ。それは約二十年前に、置部が頭に感じた痛みと同じだった。


 もちろん置部が、この沼地を訪れたのは今日が初めてではない。自分でも忘れてしまったぐらい幾度も、ここにやって来ていた。それこそ一分の隙もなく歩き回ったはずだった。その度に挫折を味わい、失意に満ちたまま小屋に帰って行った場所だった。

 その地で今、体を見つけつつある。かたわらに真菜がいることに、置部は偶然ではないものを感じていた。


 そもそも、それほど広くない島とはいえ、歩き回って体を見つけるというのは、確率的には非常に難しい作業である。まともに考えたら、一つも見つからない可能性の方が、はるかに高い。それを超えて人々が体の発見に至るのは、この島のかりそめの身体と、島に埋まっている現実の状態を示す体に、何か引き合うものが有るからなのではないかと置部は考えていた。引き合う力の源泉は、その人の持つ生への執着心ではないのか。真菜に出会ったことによって、その執着心が高まったのかもしれないと置部は思った。


 彼は、その場にしゃがみこみ、真菜のために持ち歩いていたスコップで、土を掘り始めた。まさか自分のためにスコップを使うことになろうとは、ついさっきまで全く予想していなかった。

 真菜も、自らの胴体を地面にそっと置くと、彼の作業を手伝い始めた。

 二人の視線が、ふと合った。彼らに深い信頼関係が生まれつつあった。


          *


 島に埋まっている体が全てそろう過程は、人によって様々である。すんなり全てを見つけ出してしまう場合もあるし、数日間さがし続けて一つも見つけられなかった者が、ある日突然全てを見つけてしまう場合もある。北の海行きを寸前で取り止めた者もいるし、一度も考えなかった者もいる。


 それと対照的に、体を全てさがし出した者の心境は、俳優の赤本のような特殊な場合を除き、一様で平版なものである。そこにあるのは、作業の達成感と現実の世界に戻れるという歓喜と安堵感だけである。その感情が綯い交ぜになって、涙を伴う笑顔となる。


 今、その心境になっている少女がいる。

 それは園美であった。

 園美は、昨日の昼までは頭部だけしか見つかっていなかったが、美咲と別行動をして体さがしを始めた途端、次々にパーツが見つかったのだった。そしてつい先ほど、広場のとある場所から、最後となる左腕を掘り出して、小屋に帰って来たところだった。


 全てそろって出入り口付近の地面に横たわる自らの体を、園美は、しげしげと眺めている。瞳から涙があふれ、頬をつたっている。


 園美の背後には、美咲が立っていた。

 美咲は昨日ベッドで泣き濡れてからずっと、体さがしをしていなかった。次第に整ってゆく園美の体に苛立ちを覚えながらも、自らの作業へと臨む気持ちは、逆に萎えてゆくばかりであった。そして今、完成した園美の体を目の前にして、羨望というよりは、嫉妬に駆られていた。


「園美ちゃん。わたしを置いて、帰っちゃうんだね」

「……ごめんね。でも美咲ちゃんだって、きっとすぐにそろうよ」

「そうだといいんだけどね……」

 美咲は、床に置いてある自分とそっくりの体を見ているうちに、それが自分のものであるかのような感覚に囚われていった。


「ねえ、わたしの体が、園美ちゃんのに混ざっているんじゃないの」

「そんなこと、あるわけないじゃない」

「わたしが眠っている間に、わたしの体を盗んだでしょ」

「なにを言い出すのよ。しっかりしてよ。美咲ちゃんのは、昨日と変わってないじゃない」

「じゃあ、わたしの体を、まちがえて掘り出してきたのよ。きっとそうよ。よく確かめさせて」

「いやよ。もし体が美咲ちゃんのだとしたら、くっつくわけないでしょ」

「そんなの分からないじゃない。きっとそっくりだから、まちがってくっついたのよ」


 美咲は、園美を突き飛ばし、床に置いてある体の頭をつかんだ。

 園美は床に転がったが、すぐに起き上がって体に抱きついた。

 体を挟んで、二人の引っ張り合いが始まった。美咲の方が力が強く、園美は次第に引きずられてゆく。

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