Part 13(End of chapter)
亜矢香は答えない。
「俺とずっといっしょにいたって、俺の体しか見つからないんじゃないかな。現に亜矢香はさ、まだ全然見つけてないだろ」
亜矢香は、叱られた子供のように俯く。
「……ほんとはね。あなたと歩いていても、身体のどこかに痛みが走ること、あるの」
亜矢香が何を考えているのか分からなくなる。
「おい、どうして言ってくれなかったんだ。俺のスコップで掘り出したっていいのに。俺に体さがしを手伝って欲しくないのか?」
「いいじゃない。そんなこと、どうでも。さあ、行きましょ。今日もいい天気だわ。あっ、この島は、ずっといい天気か」
亜矢香に手を握られる。暖かく、やわらかい。
「ごまかすなよ」……
「ごまかすなよ」
窪原は目覚めると同時に叫んだ――つもりだったが、それは呟き程度の、声にもならない声だった。
彼は、夢の内容から亜矢香との、この島での出来事を推測した。
おそらく危篤に至る夢から、二人が心中したことを知り、広場かどこかで再会して、いっしょに体さがしを始めたのだ。――いや、亜矢香は体さがしをしていなかった。なぜ? 窪原の心に疑問が浮かぶ。まるで彼女は、体をさがす気がないように見えた。どういうことなのだろう。
窪原は、部屋の窓を見た。闇の気配が薄らいでいる。見せられた夢の数から考えても、もう夜明けは近いはずだった。
彼は、また煙草に火をともした。眠気が襲ってきていた。吸いながら必死に眠気に抗う。今までの二日間の経験を思い返すに、次に見せられる夢は特に恐ろしい内容である可能性が高かった。
そしてそれは、過去に起こった現実の夢になるような気がしていた。窪原は、もう夢を見たくなかった。このまま朝を迎えたかった。
気が付くと、身体全体に鳥肌が立っていた。これから見る悪夢を、まるで身体が知っているかのように。
窪原は、たまらなくなって、煙草を左手の甲に押し付けた。
熱さとも、痛みとも取れる激烈な感覚が、手の甲を襲った。
しかし、煙草の火が消え、それ自体も無くなってしまうと、その感覚も去ってしまった。
まったく、なんて島なんだよ、彼は思う。
窪原は、震えながら、眠りについていった。……
……小屋の中にいて、立っている。
地面に、自分の体が置いてある。
それは、今の自らの身体と寸分も違わない。左手首にある傷を除いては。
目的を成し遂げた感覚に満ちている。これで現実の世界に戻れる、と思う。しかし。
視線が、ベッドの方にゆっくりと移動する。
亜矢香が、腰掛けている。
食い入るように、こちらを見つめている。ひょっとして、自分のこの姿を、目に焼き付けようとしているのではないか、と思う。
その強い視線に耐えられなくなって、笑顔をつくる。けれども、亜矢香は笑わない。ただ、自分を見つめている。
扉を二度叩く音がする。振り向くと、きしんだ音と共に、扉が開いて人影。
〈導き〉が、すっと入ってくる。
「窪原さん、おめでとうございます。貴方の体は、全て揃いました。これから現実の世界へと、お連れします」
「ちょっと、待ってくれ。俺は亜矢香といっしょに、現実に戻りたいんだ。でも亜矢香は、まだ全然体を見つけていないんだ。彼女の体が全部揃ってから現実に戻るということでは、だめか」
「体が全て揃った方は、すぐにお連れするというのが、この島のルールでして。そうしないと、この島は人で溢れかえってしまいますから。気楽な身分になったところで、しばらく観光でもするように島をうろつきたい、という人はけっこう多いんですよ。でもそういう人は、周りに悪影響を及ぼします。事件に発展するかもしれません」
「どうしても、だめか」
「はい」
亜矢香が立ち上がり、目の前にやって来る。真剣な顔つき。
「戻りたいんでしょ。もう一度生きるんでしょ。戻ればいいじゃない」
「おまえは戻らないのか」
「わたしはいいの。あなたを見送ったら、北の海の影に入るわ」
「どうして」
「わたしはあなたといっしょなら、この島でずっと暮らしてもいいと思っていた。……夜はとても嫌だけど。あなたとの夢も、つらい苦しいものばかりだし。……でもこの島で、楽しい想い出をこれから作っていけばいいと思った。そしたら、いつかこの島の暮らしの方が、現実になると……またふたりで元の世界に戻って、夢で見たあんな生活を続けていくなんて、わたしはいや」
亜矢香の言葉に、何も言えない。
「あなたは何だか現実に戻りたがってるみたいだし、いっしょに死を選んだ時の気持ちが、少しわたしと違っているように見えた。でも、それがあなたの本当の気持ちだったら、わたしは、しかたないと思った。あなたは体をさがし終えたら、現実に戻ってしまう。だから、いつもいっしょにいたの。あなたと過ごす時間が少しでも長くなるようにって」
「違う。俺は……ただ生き直したかったんだ……おまえと。自分だけ戻ろうとしてたわけじゃない」
「いい……もういいの……行って」
自分だけ戻ることは、やはりできない。
「……判った。これからすぐに、いっしょに北の海に入ろう」
しかし、自分のその声は震えている。死への恐怖が、頭をよぎる。
意識の無くなる自分。永遠の眠り。暗闇だけで固まった悠久の時。死んでいることさえ、自分では分からない。
彼女の瞳が、突き刺すように自分の顔をとらえている。
やがて亜矢香は力なく微笑むと、強く首を振る。
「……お願い。行って」
〈導き〉が、かたわらにやってくる。
「よろしいですか」
〈導き〉が、自らの手を握り、引く。冷たい感触。
何か。何かを。考えなければならないのに、考えられない。……
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