Part 7

 また小屋は、人々が嘆く場所でもある。多くの者が、小屋を訪れ、去って行った。そしてそれは、これからも変わることなく続いてゆく。人々の大半は、この小屋に一晩寝泊まりしただけで、島の滞在を終えてしまう。それは悲しい結末になることの方が多い。危篤の重度によって、夜の夢の内容も変わり、危篤の状態がひどくなればなるほど、それは激烈なものになるのである。その夢に抗える者は少ない。抗える者は、よほど生への執着が強いのか、死んでしまうことの恐怖が大きいのか、どちらかなのだ。


 小屋は、その時々によって姿を変えてきた。まるで生き物のように。はるか昔は縦に掘られた単なる穴だったのだ。それから土を盛った横穴となり以降、日本人の住居の文化に合わせて現在のバラック小屋になったのである。

 これがいつか突然、マンションのワンルームに姿を変える日が来るだろう。広場中央の建物が現代的なものになっていることから、その日はそれほど遠くないことが判る。


 小屋は今、三重に立ち並んでいるが、大震災のような災害が起きた時は、それが四重、五重と増えることもある。この小屋は、現実の世界の影響を受けて微妙にその姿を変えているのだ。


 その小屋のひとつに今、双子の少女たちが帰ってきた。

「ああ、つかれた」

 頭を持っていない方の少女が、ベッドに寝ころがった。少女は軽く二、三度寝返りを打つと、頭を持っている方の少女に話し掛けた。

「園美ちゃんは、頭が見つかっていいなあ。なんでわたしのは無かったんだろ」

「わかんないけど……。ねえ、美咲ちゃん。また明日、あそこに行ってみようよ。明日はみつかるかもしれないじゃない」

「やあだ。あそこ、じめじめしてて、きらい。わたしのは、きっとあそこには無いのよ」

「そうかな。頭はあそこにしか、ないんだって言っている人がいたよ」

「うるさいわね。わたしは他をさがすからいいの」

 そう言って美咲は、ぷいと壁の方を向いてしまった。


 園美は、出入口側の壁の片隅に、自らの頭を置いた。

「……美咲ちゃんの方が、まだずっと多いよね、わたしは、まだこれだけだもん」

 園美の言葉が聞こえたが、美咲は無視した。


 美咲が見つけた体は、部屋の中央に置かれている。下半身は全て揃っていて、上半身も左腕と左手が見つかっている。さすがに恥ずかしいので、下半身は俯けに置かれていた。


 ベッドに寝たまま美咲は、パジャマの胸ポケットから、ヘアピンを取り出した。

 髪を指で梳いて、ヘアピンをつける。なぜわたしは、このヘアピンを持っているのだろう、と美咲は考える。こうしてヘアピンをつけると、なぜかほっとする。きっといつもママに、こうしてもらっていたんだわ。なんだかそんな気がする。美咲は、そう思った。


「ママ、今どうしてるかな……」

 突然、園美は独り言を、つぶやいた。

 その声に美咲が振り向くと、園美は地面にぺたりと座って、気分の落ち着くものを取り出していた。それは小さな桜貝だった。美咲と同じように、園美がどうして桜貝を持っているのかは分からない。しかし、その桜貝を見つめていると、園美は安心するようだった。

 おそらく、あるひと夏の楽しい思い出のかけらなのだろうと、美咲は考えていた。パパとママ、そして美咲と園美が、笑ってはしゃいでいる姿が目に浮かんできた。潮の匂い、波の音……。しかし、それはむろん幻想でしかなかった。美咲には、楽しかった想い出の記憶が、欠落しているのだから。パパとママが、悲しい顔をしている記憶しかない。

 帰りたい……美咲の心に、またその思いが強く沸き起こってきた。


「美咲ちゃん。また出かけよう。体をさがそう。そうしないと、またすぐ夜がやって来るよ」

 園美が発した『夜』という言葉に、美咲は昨夜見せられた危篤に至る夢を思い出してしまった。


 それは二人が同時に見た夢だった。

 二人とも深夜に腹痛を起こし、下痢と高熱に苛まれ、救急車で病院に運ばれて入院してしまう夢だった。救急車の中では、パパが二人の手をきつく握り、ママは涙を流しながら、「ごめんなさい……私のせいだわ」と、何度も繰り返し語りかけるのを聞いた。病院の集中治療室に運ばれる間に、病院の先生がパパに、「細菌性の食中毒と思われます。大変な危篤の状態です」と言っていたのが、美咲の耳に残っていた。


 二人は、その夢の記憶のために、しばらく呆然としていた。重い沈黙を振り払うように美咲は、また壁の方に寝返りを打って、口を開いた。

「今日はもういいわ。わたし、やんなっちゃった。園美ちゃん、ひとりでさがしに行けば」

「ひとりで……」

 少女たちは、この島に来てからというもの、ずっと行動を共にしてきた。園美が独りで体さがしをするのを、怖がったからである。


「もうそろそろいいでしょ? 慣れたはずよ。その頭を掘り出した時だって、気味悪くなかったでしょ。園美ちゃん、うれしそうな顔してたよ」

「でも……わたし、やっぱりひとりじゃ……」

「あっ、そう。でもわたしは、園美ちゃんとはもういっしょに行かないわよ。明日になったってね。だって、二人の体が同じところにあるなんて、ほとんど考えられないもの。今まで一回も、そんなことなかったもんね。ぜったい、べつべつでさがした方が、二人とも早く体がそろうと思うわ」

「そうかもしれない、けど……」

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