Part 4

「ところであんた、海に入らないの? さっき入ろうとしてたみたいだけど」

 赤本が窪原に訊ねた。

「ああ。全然見つかりそうもないから、すっかり嫌になって入ろうと思ったんだけど、やめた。もう少し粘ってみるよ。君はどうして迷っているんだ?」

「……見つからないんだよ、頭が。頭だけがどうしても見つからない。俺は一日目で頭を除いて全部見つかったんだ。でも、それから十日間さがし続けたが、どこにも無い。どうしたらいいか分からないんだ」


 あと一つと聞いて、窪原は彼が羨ましくなった。自分よりも体さがしが、ずっと進んでいる。俺があと一つになるのは、いつのことになるのか、窪原は思った。また窪原は、赤本が陥っている今の状況は、やがて自分も直面する問題のような気がした。あと一つ、というところまで来たら随分と焦燥がつのるだろう。一刻も早く、残りを見つけて現実世界に戻ろうとするに違いない。窪原は、赤本のような状態にならないことを願った。十日間もそのような気持ちでいることは、とても辛いことだろうと想像した。


「煙草のおれいに、いいこと教えてやるよ。広場の真ん中に建物があるだろ。その地下室に行ってみな。ある体の部分が必ず見つかる」

「そりゃ凄い情報だな。ある部分ってのは?」

「まあ、行けば判るさ」

「……そうか、ありがとう。早速行ってみることにする。君も、もう少しがんばってみろよ」

「そうだな。そうするよ。また会ったら、煙草を吸わせてくれるかい?」

「もちろんだ」


 窪原は赤本のもとを去ろうとしたが、ふと彼とは友達になれそうな気がして、立ち止まった。

「おい、いっしょに行かないか? どうせ頭はどこにあるのか、検討ついてないんだろ」

 そう言われて、赤本は微笑んだ。

「ひどい言い草だな。いいよ。でも地下へはいっしょに行かないぜ。あそこは二度とごめんだ」

 赤本は立ち上がって、砂をはらった。


 二人は、海とは反対側の方角に歩き始めた。

「その……現実の世界では、どういう仕事をしているのかな?」

 窪原は歩きながら訊ねた。我ながら、奇妙な質問だと思いながら。

「そこそこ売れてる俳優らしい。テレビドラマの端役ばっかりなんだけどな。ひとりで食っていくぐらいの収入はあるみたいだ。今まで見た断片的な悪夢をつなげるとだが」

 窪原は、赤本の顔に記憶がなかった。当然といえば当然であった。テレビを見るという夢を見ていないのだから。

「これから売れそうな時に、こんなことになっちまって。まいったよ」

 赤本は足元の砂を蹴った。砂が舞い上がり、風に流されて落ちた。


「どうしてここに来ることになったんだ?」

「ドラマの撮影中の事故さ。セットが倒れてきて逃げ遅れんたんだ。ここに来て二晩目に見せられた。とびっきりの悪夢だったよ。自分の死にそうになる瞬間を見せられるというのはね。あんたは?」

「分からない。ここに来てまだ二日目なんだ」

「もうすぐ見せられるよ。ここにいる連中は、ここに来てから二、三日の間に必ず見せられることになっているんだ。今まで話をした人は、みんなそうだった」

「そうなのか。できれば見たくないな」


 窪原と赤本は広場の道を辿って行った。

 あちこちで人々の体さがしをする光景が現れ、流れてゆく。みな、夢中になってさがしているように見えるがしかし、その風景は何か虚ろだった。彼らはもう感覚が麻痺して、何をさがしているのか忘れてしまっているかのようだった。死にたくないという思いだけが彼らを動かしているのだろうと、窪原は思った。


「ここは地獄のようなとことだな。人の欲望が生身のままさらけ出されている」

 赤本がポツリと言った。

「……そうだな。ある意味、正直になれるところかもしれない。現実の職業や地位やお金とか、そのほか何もかもがここでは関係ない。あるのは、自分の力で現実の世界に戻れるか戻れないかだけだ」

「だからこそ、順調に作業がはかどっている奴は憎まれるんじゃないかな。あんたも気を付けた方がいいぞ。ここにいる奴らを完全に信用しちゃあいけない」

「どういうことだ?」

「自分の作業が停滞して、死を意識しはじめると、あとは自分以外のものに目が向けられるようになると思うんだ。そうすると、いろんな意味で他の奴の邪魔をしはじめるんじゃないのかな。俺はまだそんなことをしたことないけど。でも思ったことはあるぜ。夢中になって掘っている奴を後ろからぶん殴って、気絶させて、その体の部分を横取りしてやろうとかさ。それを北の海に放り投げたら最高だろうな、とかね」

「ひどいことを考えるもんだな」

「考えるだけさ。でもこれだけ人がいるんだ。実際の行動に移す奴もいるさ。特に長くいる奴が危ないよ」


 窪原は置部のことを思い出した。まさか、あいつはそんなことをしないだろう。あいつは人の良さそうな感じだった。後ろから殴るどころか手伝ってさえくれたのだ。

「君が考えているような人ばかりじゃないさ」

 窪原がそう言うと、赤本は皮肉っぽく笑った。

「あんた、いい人だね。そのうち痛い目にあうかもしれないよ。本当に気を付けた方がいい」


 窪原はあえて反論しなかった。まず自分がそういうことを、しでかすかもしれないからだ。今日みたいに成果のない日が続けば、そういう考えも涌こうというものだ。自分すら信じられない世界――それがこの島なのだ。

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