Part 6
窪原は、最も外側と二層目の間の路に入った。ドアの丸いノブを注視しながら、ゆらゆらとした光を発する小屋を巡っていく。
自分が入る家は、なかなか見つからなかった。明かりのない小屋でも、鍵が無かったりするのである。もう寝ているのか、それとも絶望して暗がりの中で呆然としているのか。窪原はその小屋の住人たちのことを勝手に想像した。
彼が歩いている向こう側から、〈導き〉と昼間見た少女たちが歩いてきた。少女の一人の方は自分の片腕らしきものを抱えている。
ちょうど三人とすれ違う場所に、明かりの点いていないバラックが二棟連続してあった。
「これは窪原さん。あなたも自分用の小屋をお探しになっているんですね。こちらは空いていますよ」
二棟あるうちの右側を指して〈導き〉は言った。
「こちらの方たちは、一つの小屋でいいそうです」
二人の少女の顔は、そっくりだった。ひょっとしたら双子かもしれない、窪原は思う。三人は共に小屋の中に入って行った。
窪原は自分の小屋と決まったドアの丸いノブに刺さっていた鍵を取って、中に入った。
でこぼことした固い土の感触が、足に伝わってきた。小屋に床板は無いようだった。
暗闇の中で、電気のスイッチらしきものを求めて出入口付近の壁を探る。見つからない。どういうことだろう。
窪原は中腰になり、とりあえず自分の体という重い荷物とスコップを地面に降ろした。もう一度、壁を念入りに探ってみる。やはり、見つからない。
彼は、今度はドアのノブを探った。内側から鍵を掛けてみることにしたのだった。何か変わるかもしれない。ノブは、両面に鍵穴が付いているタイプだった。両手でまさぐり穴をしっかり確かめながら、鍵を入れて回す。
すると鍵の頭の平べったいところに、小さなボタンが有ることに気付いた。これだ、窪原は思う。押してみる。
ぱっと明かりがともり、彼は自然と天井に目がいく。
窪原は小さな呻き声をあげた。
ふわふわとしたふろしきぐらいの大きさの、皮膜のようなものが浮かんでいた。それが光を発している。
この奇妙な物体が電灯がわりか。窪原はうんざりした。頭がおかしくなりそうな事が多過ぎるのだ。
光を発する皮膜のようなものはアメーバのごとく天井を漂っていた。光が部屋の中で揺らめいて落ち着かないこと夥しかった。
露わになった部屋の中は、鉄製のパイプで組まれたベッドが奥の方にあるだけだった。ベッドには、毛布すら無かった。後は手前に人が横たわれるスペースしかない。足元には先ほど置いた窪原の体の一部とスコップが転がっている。
そうか、このスペースに見つけた体を並べるらしいな、窪原は直感した。
彼は鍵をジーンズのポケットに入れて、土の地面に座り、ジャケットを広げて左足を取り出した。下半身のほうをまっすぐにし、それを並べて置いてみる。
切り落とされたような二つの面を近づけると、それらは引き合って、くっついてしまった。境目のような線ができたが、それはみるみるうちに消えて、きれいになってしまった。
窪原は今日の出来事を一部始終、思い返してみた。そして軽いめまいを覚えた。まだ、体さがしは始まったばかりなのだ。ばかばかしくて、当惑する経験が明日からも続いていく。
彼は、その場から離れベッドに寝転がった。ベッドは鉄板のように固く、冷たかった。
食事は一度も摂っていないのに、空腹感はない。精神的にかなりまいってはいるものの、肉体的な疲れは全くなかった。
こんな状態で眠りにつけるのだろうか。そんな窪原の考えとは裏腹に、眠気はすぐに襲ってきた。甘い誘いが、まぶたを押し下げてゆく。このベッドに横たわると眠くなるようになっているのかもしれない、彼は思う。明かりを消さなければ。アメーバもどきが夢に出てきたら、たまらないからな。
薄らいでゆく意識の中で、窪原はポケットに入れた鍵のボタンを押して、気味の悪い明かりを消した。……
……エレベーターに乗っている。伝わってくる微かな振動。
自分の他に誰もいない。無機質な冷たい機械音だけが聞こえている。昇っているらしい。
紺色のスーツを来ている。肩掛けの黒いカバンを持っている。
ドアの上にある階数の表示パネルが、6で止まる。
停止した後、ドアが開く。
エレベーターを降りて、狭いホールを抜けると、晴れの日の夕暮れ。
薄闇の中、巨大なマンションがいくつもある。団地の風景。半分ぐらいの部屋に灯りがついている。
左に視点が移る。廊下が先まで続いていて、同じような扉が並んでいる。
廊下を歩いて、四番目の扉を開ける。
簡素で小さな玄関。
ダイニングのテーブルに、二人分の茶碗と箸が置いてある。
右に顔を向けると、キッチンがある。女が後ろ向きで、立ちすくんでいる。
肩に少し掛かった髪。あまり手入れをしていないのか、いたんでいる。
女は、こちらを一瞬振り向いた後、電子レンジに肉と野菜が盛られた皿を入れる。
ダイニングを抜けて、奥の和室へと行く。
寝室に入って、スーツを脱ぎ、灰色のスウェットに着替える。
もう一度、キッチン。椅子を引いて座る。
惣菜の皿が、いくつも置かれている。
ご飯がよそわれ、味噌汁が出てくる。女が正面の席につき、食事が始まる。
女は一言も口を聞かない。彫りの深い、西洋的な顔だち。化粧はしていないが、人目を引く美しさ。
沈黙が続き、静かな食事の時間が過ぎてゆく。
しだいに女の目に涙が溜まってくる。
何か言わなければ、と思う。口は動かない。
やりきれない気持ちになる。虚しさを強く感じる。
ここから逃げ出して、どこかに行きたい衝動に駆られる。……
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