Part 3

 眩しいほどの白い砂浜の中で、たくさんの人々が蠢き彷徨している。それは潮干狩りの光景に似ていたが、そこで行われている事は質を全く異にするものだった。


 人々は皆、自らの体をさがしていた。


 あちこちで白砂が小さく飛び散っている。目をらんらんと光らせて歩いている中年男がいる。なぜか一つの場所に執着してぐるぐると回っている老人。黙々と砂を掘っている少年がいる。体の一部を見つけ出し、喜悦の笑みを浮かべている若い女もいる。その隣で恨めしそうにしている痩せた老婆。考え込んでいる青年。水平線を睨みながら、泣き叫んでいる女。

 彼らは皆一様にスコップを強く握り締めている。その手、また手、手。


 この砂浜は、体がよく見つかる謂わばホットスポットなのかもしれない、窪原は思う。

 彼はとまどいながらも、興奮している集団の中に入っていった。


 人々の半分以上が、病院で着るようなパジャマ姿をしていた。前開きのゆったりとした簡素なデザインのパジャマ。薄めの落ち着いた色のものばかりだ。

 おそらくベッドの上で危篤の状態に陥った時の服装のまま、この島に来てしまったのだろうと、窪原は推測した。そうだとすると、自分のこの服装は何を意味しているのだろう。なんらかの事故に巻き込まれるかして、病院に入る前に危篤の状態に陥ってしまったのだろうか。


「おい、その腕は俺のだぜ」

 突然、窪原のかたわらで声がした。顔を向けると、二人の若い男がいた。顔を上気させて、にらみ合っている。


「変な言いがかりをつけるな。これはたった今、自分が掘り出したんだ。おまえは掘っている途中で後ろに来たよな。気づいてたよ」

 一方の男は、だらんとした腕を大事そうに抱え込んでいる。


「痛みを感じたから、立ち止まったんだ。よく見てみろ。俺の右腕に、そっくりじゃないか」

 掘り出した腕を持っていない男の方が、自らの右腕を突き出した。

「そっちの方こそ、よく見ろ。これは自分の右腕だ。間違いない」


 窪原は二人の男を見比べた。ほとんど同じ背丈だ。二人ともけっこういい体格をしている。ラグビーでもやってそうだ。どちらの右腕なのか、窪原には見分けがつかなかった。


「とにかくよこせ」

「いやだ。これは自分のものだ。渡せない」

 男二人は取っ組み合って、右腕の取り合いをしだした。


 窪原は顔をそむけた。これ以上はとても見ていられなかった。諍いを止めようとも思ったが、体をさがし始めたばかりなのに、いきなり揉め事に巻き込まれるのは避けたかった。

 彼は後退りしながらその場を離れ、男たちが人ごみに遮られて見えなくなる場所まで走った。


 頃合いのところで、再び歩き出す。

 集中してしばらく歩いていると、突如左足に痛みが走った。それは本当に微かな痛みだった。


 彼はその場所に跪いて、スコップで地面を掘り始める。砂は思っていたよりやわらかく掘りやすかった。掘りながらも、微かな痛みは続いている。


 間もなく左足が出てきた。それは、くるぶしの上を刃物ですっぱりと切り落としたような形状だった。窪原は切り口の中をつぶさに見ることができなくて、思わず掌で覆ってしまった。


 痛みは左足を地中から出した瞬間に消えた。実に奇妙な気分だった。すぐには自分の左足であるという確信が彼には持てなかった。

 左足は意外なほどつるつるしていて、少しあおざめていた。そして、意外なほど硬くて冷たかった。


 窪原は左の靴と靴下を脱ぎ、掘り出した左足と自分の足とを比べてみた。そっくりそのままの足が奇妙に二つ並んでいる。その瞬間、胃がひくつき吐き気が襲ってきた。

 後ろを向き、思いっきり口を開ける。しかし、胃からは何も昇ってこなかった。ただ、痙攣しているばかりだ。


 この島では食事というものを摂ることがないのかもしれない、と彼は意識の片隅で考えた。

 窪原は掘り出した左足を見ないようにして、胃の痙攣が治まるまで、しばし休んだ。何か苦い気体のようなものが身体の中を漂っている、そんな感じだった。


 彼はジャケットを脱ぐと、それで掘り出した左足を包んだ。素手で持つ気にはなれなかった。窪原は、左足を抱え込み、また歩き始めた。今日はこの海岸を徹底的に調べるつもりだった。


 しばらく歩いても、次はなかなか見つからなかった。窪原と共に体をさがしている人々も同様だった。簡単にさがし当てることは、できないのだ。窪原は同胞とも云える彼ら一人一人と会話を交わしたいようであり、また誰とも話などしたくないような気持ちになっていた。


 窪原には微かな痛みというものが、だんだん分からないようになってきていた。なかなか見つからない焦りで、身体のどこもかしこも痛いような気がしてきた。痛みを感じたと思うつど、彼は立ち止まり、その足元を掘った。そしてかなり深い所まで掘り進んで、痛みは気のせいだと判る。そんな無駄な作業が何回も続いた。窪原は、ようやくこの作業の困難さを認識しつつあった。


 彼は空を見上げた。陽が西に傾いて、赤みを帯びてきている。夕暮れが近いのだ。

 周りを見渡すと、人の姿もまばらになってきている。今日の成果のあるなしに関わらず、海岸を去っていく人々の姿が目に移った。


 窪原は疲れを覚え、体さがしをやめて腰を下ろした。今日はもう終わりにしようと思った。

 スコップを白砂に置き、目をつぶってジャケットを広げ、内ポケットから煙草を取り出す。


 一服しながら、波が打ち寄せては引く海の景色を、ぼんやり眺めた。

「僕にも一本いただけませんか」

 ふと、かたわらで声がした。



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