猫の手を借りるべきではなかった。

味噌わさび

第1話 魔法使いと猫の手

「御主人様~、遊びにいきましょうよ~」


 ……甘ったるいような、うざったい喋り方で話しかけてくる。


 そして、先程から、俺の背中に頭をこすりつけてくる存在がある……。


「……行かん。俺は忙しいんだ」


「え~? 昨日も、一昨日もそう言っていましたよ~? 私のことが嫌いなんですか~?」


 不満そうにそう言う彼女は……黒い髪に、黒い服、そして、猫のような鋭い目の、俺より少し背丈の高い少女だった。


「……嫌いじゃない。だが、俺はお前の飼い主だ。飼い主が忙しいんだから、大人しくしていろ、クロ」


 少女……クロは、不満そうに頬を膨らませながらどこかへ行ってしまった。


「……まったく。猫のままだった方が楽だったな」


 俺は思わずそう零してしまった。


 俺は、これでも魔法使いである。魔法使いの仕事とは、基本的には、依頼を受けて、魔法を使った道具を作ったり、魔法の薬なんかを作成することである。


 ちょうど一月程前、俺は異常に忙しかった。依頼を受けすぎてしまい、明らかに自分のキャパシティを超える状況になってしまったのだ。


 それこそ猫の手も借りたい俺のその時の状況で、手伝ってくれる人間はおらず……俺の目に入ったのは……ペットの黒猫のクロだった。


 明らかにその時の俺は正常な判断ができなかった。自分の飼っている猫は賢いから、人間だったら役に立つだろうと思って魔法を使ってしまったこと……。


 そもそも、動物を人間に変える魔法は禁忌とされていて、その理由の一つとして、一度対象に使うと二度と元に戻せないことを忘れていたこと……。


 こうして、正常な判断をしないまま、自分の飼っている猫を人間に変化させ、その手を借りた結果、俺はその時の状況をなんとか切り抜けることができた。


 しかし……人間の姿になった飼い猫は、もはや元に戻すことができず、未だに人間のままなのであった。


「しかも、気性だけは猫だからな……構ってくれ構ってくれとうるさくて仕方ない……」


 しかし、大抵は放っておけば飽きるという猫の気性でもあるから、適当にあしらっている。それこそ、猫の姿の時からそうであった。


 俺はそう考えて、その時も適当に対応し、仕事を片付けることにした。


 そして、それから数時間後、夕方になって、ようやく仕事が一段落した。


「……クロ? いないのか?」


 しかし、クロが家の中のどこを探してもいない。いや……猫の時からこういうことはあったのだが……それでも心配になってくる。


 俺は家を出て外を探してみる。


「クロ! どこだ!?」


 俺は一時間程、夕暮れ時の外を探し回っていた。しかし、クロは見つからない。


 あまりにも適当に対応してしまったかもしれない……そもそも、俺の都合で人間の姿にしてしまったというのに……。


 見つからない事実に肩を落としながら、俺は帰宅する。


「あ~! 御主人様~!」


 と、いつのまにか、クロが家の中に戻っていた。


「クロ、お前……」


「どこに行ってたんですか~? 心配したんですよ~!」


 不安そうな顔でそう言うクロ。心配していたのは、こっちだというのに……。


「……悪かったな。構ってやれなくて」


 俺がそう言うと、クロはキョトンとした顔をしていたが、すぐに嬉しそうに微笑む。


「大丈夫ですよ~。私、御主人様のこと、ず~っと見ていたので」


 そう言って、クロは両手で俺の手を掴んでくる。俺は思わず自身が高揚するのを感じてしまった。


「御主人様がどういう人間か知っていますし~、何より、御主人様は私のことを大事に思ってくれているってこと、知っていますから~」


 いたずらっぽく微笑むクロを見てから、俺は、俺の手を掴んでいる、クロの綺麗な手を見て、しみじみ思う。


 ……やはり、自分の飼っている猫の手など、借りるべきではなかったのだ、と。

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