あらわれた仙人
一行は、ついに乱刻山の頂上に着いた。南の海岸を出発してから四日目のことであった。
太陽が天空の頂点にあり、空全体を光に満ちた色に変えている。
頂上のへりは、黒い樹木が取り囲むように生い茂っていて、隠れながら近寄るには都合がよかった。
彼らは今、集結して木々の枝や葉の間から《魔》の陣営と云える場所をうかがっている。
陣営の光景は、ピシャーチャが法力で描いた絵とほとんど同じあった。高い円錐状の玄武岩が立ち並び、その間に《魔》がはびこっている。《魔》たちは、絵に描かれていた者もいれば、そうでない者もいた。ひとつ大きく違っているのは、バスウのようすであった。
仙人。不潔に伸びた白髪。一面いばらを置いた敷物に、ほとんど全裸で横たわり、自らを鞭で激しく打っている。やせ細った体は小さな傷と大きな痣で、無残な姿をさらしている。持ち物である長い杖の先を口にくわえ、縦になった杖を支えるあごは、ふるえている。
「あれで、法力が得られるものなのでしょうか」
ヤマラージャは、誰に訊くこともなくつぶやいた。
「あのご老人の存在自体が、それを証明している」持国が言った。
仙人として高名になった後も、道を究めようとして苦行を続けるバスウに、持国は畏敬を感じていた。
「持国様。やはり、巻物が見当たらないようですが」
「そうだな。それにしても解せない。もとの強さが戻ったとしても、巻物を使えば法力はさらに強大になるはず。巻物を手に持たない理由がない」
「巻物の居場所を確認してから、もしくは確保してから攻めたほうが、良さそうですね」
「持国、わたくしが巻物に関する〈記憶ばらし〉をしてみましょうか」
「そんなこともできるのか」
「わたくしは地獄の管理者。罪人の嘘を見破れなければ、舌を抜くとことはできない。この距離で、荒行に集中している今なら、できるはず。いきますよ」
ヤマラージャは、自身の印を結んだ。兜から緑色の光がもれ、消えた。
まもなく一行の脳髄の中に、バスウの記憶が現在からさかのぼるように流れ込んできた。
骨のように白い灰を置く。ずしりと重い。手に持つ。涙が白い灰に落ちる。焚き火のあとに歩み寄る。体が地面に叩きつけられる。燃えあがる巻物。焚火にくべられている巻物。頭が燃えあがっているのに踊っている者たち。羽交い締めにされて動けない自身の体。黒い炎がゆらいでいるかのような曲がりくねった背高い木々ばかりの林の中。……
《魔》たちにとらえられる。杖を振りかざすが、ほとんど無力。異形の者たちに取り囲まれる。巻物に向かって、走り出す。中央にぽつんと置かれた巻物。乱刻山のひらたい頂上。ようやく見つける。長い長い探索の旅。……
かろうじて心臓からは外れる。地面に立てられた短剣の数本が背中に刺さる。あせって体がゆらぐ。《魔》が体で巻物をつつみ、すばやく持ち去る。臭い液体で顔が濡れる。ぺたりと顔に張りつく。目の前にぶよぶよの土色の生きもの。巻物を口にくわえている。頭だけで身体を支えて倒立する荒行。自分の周りに円を描くように、刃の光る短剣を立てている。慣れ親しんだ修行場。……
「もういいでしょう。愚かの極みですね。荒行におぼれ巻物をかすめ取られるなんて。あげくの果てに燃やされてしまうとは」
哀れではあるが、愚かではないと持国は思う。法力の道を究めようとする気持ちが強かったのだ。《魔》と云う災厄に、運悪く巻き込まれただけだ。
「巻物は無いと判明した。これより《魔》を殲滅し、バスウを保護する。敵の一体一体は、たいした強さではないと思量するが、とにかく数が多い。また、バスウがどんな法力を使ってくるか分からない。油断するな。では、行こう」
持国の言葉を受けて、一同は《魔》の陣営に向かって四散した。
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