小さな竜巻、三つ
次の日の午後。
一行が山の頂上を目指す旅は続いていた。鳥人が空を行き、他の三者が山を登る配置は変わっていない。
ガンダルヴァが、頂上に偵察に行ってもいいのだが、昨日のようにいつ《魔》に襲われるか分からない状況では、それもできなかった。
持国とヤマラージャは、ほぼ並んで傾斜がきつくなってきた地面を一歩一歩踏みしめ、黒い木々の幹につかまりながら何とか登っている。
小鬼は、まるで猿のごとく木々の枝をうまく使い、飛ぶように移動している。持国から見ると、その後ろ姿はややもすると遠くなるばかりだ。
「ヤマラージャ、バスウの法力が、どのくらいのものか知っているか」
持国は午後になって、ようやく腫れが引いてきた左頬をなでながら言った。
「さあ。昔、地獄にきたばかりの時は、大法力のいくつかは使えてたけど」
彼女もまた、やっと傷の痒みが弱くなってきた頬をなでながら言った。
「大法力か。今、使えるとするとやっかいだな。《魔》がバスウに捧げている力が無くなればいいのだから……頂上では、やはり《魔》を先に倒した方がいいか」
その時、肉の玉のようなものが上方から飛んできた。二人は、すばやく動き、よける。
それは、すぐ後ろの大木に激突して地に落ちた。ピシャーチャだった。
「なんか、風のうずのようなものが、みっつもきた」
小鬼は地面に倒れたまま言った。激突の痛みを感じていないような元気な声だった。
バキバキッと音がして、前の木々が、次々になぎ倒される。それと共に飛ばされそうな風圧。
姿の見えない《魔》たちが近づいて来るのを、彼らは感じた。
黄色い光、銀色の針、紫色の液体が、入り乱れて空中を舞っている。
(これは逃げた方がいいです。私がおとりになります)思念が持国に届く。
ガンダルヴァは、竜巻らのそばまで降りてきた。うねって、すばやい動き。器用に、いかずちや長い針や毒しぶきをかわす。そして、竜巻らを天へと巧みに誘導しはじめた。竜巻の動きが、しだいに空中に浮いてゆく。
「持国。危険だから、わたくしからできるだけ離れて。あっ、そこにいる小鬼も」
あわてて彼らが離れると、ヤマラージャは瞳を閉じて眉間にしわを寄せた。印を結ぶ。
すると、彼女の体全体が緑色に輝きはじめた。そして、光は輪を形づくり、いくつもの輪となって、竜巻らの方に向かってゆく。輪は連なって筒のようになった。それは三つに分かれてゆく。
光の筒は、《魔》たちが放つ武器をものともせず、やがて風で渦まく中心を見事にとらえた。締め付けるように細くなってゆく。筒が縮まって一本の線のようになると同時に、風の動きがなくなり、光も消えた。
いかずちは見えなくなり、針と毒しぶきは、地面に落ちた。
ヤマラージャの大法力であった。彼女は大法力の使い手だったのである。
三つの竜巻が消え去るとヤマラージャは、すぐさま地にあお向けに倒れた。
持国と従者たちは、心配そうに周りを取り囲んだ。
彼女の目は泳ぎ、まぶたが重そうだ。呼吸の間隔が長い。
「わたくしは、少し眠ります。置いていかないでくださいね」
ヤマラージャはそう言って、眠りに落ちた。それが、大法力を使った代償なのだった。精神を極度に集中したあとは、脳を休息させねばならない。
持国は、ガンダルヴァの黄金の羽と小柄なピシャーチャを交互に眺め、背袋を外した。
「ピシャーチャ、これを持ってくれないか」
小鬼に背袋を渡すと、持国は彼女を抱き、それから背中におぶさって、ゆっくりときつい傾斜を登り始めた。一歩進むのも困難が伴う、つらいものだった。
ガンダルヴァは、また空に戻り、あたりを注視する。
ピシャーチャが袋を背負って、猿じみた移動を再開した。
持国は登りながら、ときおり何者かの蠢く気配が、遠い木々の間から生ずるのを感じていた。ひっそりと。ゆらゆらと。
――なぜ、あやつらは襲ってこないのだろう。
昨日と今、一行の前に現われた《魔》たちは持国が過去に闘ってきた中でも、かなり上に位置する能力があった。それを倒したことで、他の《魔》たちは、怖じ気づいたのかもしれない、と持国は考えた。
あるいは。単にいっせいに襲いかかる機会をうかがっているだけの可能性もあるかもしれない。そうだとすると、山に潜伏している《魔》の数は彼が予想していたよりも、ずっと多いことになる。
急いで登るより、そやつらを一体一体亡き者にしてからの方が良くないか。持国は迷いはじめていた。
「ん……うん」
持国の背中で、ヤマラージャの目ざめる声がした。彼は、試みに今考えたことを彼女に話してみた。
「そうだとしても、一刻も早くバスウに会うことの方が先決だと思う」
そう言って、ヤマラージャは、またすぐに眠りに落ちた。
今夜のねぐらは、早めにガンダルヴァに捜してもらうのがいいようだな。持国は、そう考え思念を放った。
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