手ごわい奴ら

 翌日、一行は朝を迎えたところで頂上を目指して早々に出発した。


 持国と小鬼と女剣士は、黒い木々につかまりながら渡るようにして山を登ってゆく。


 ガンダルヴァは羽をひろげて、その三者を見守るように、空中をゆっくりと進んでいた。

 三者としては、鳥人が一人づつ乗せて頂上近くまで運んでくれれば、この気の滅入る登山をしなくて済むのだが、ガンダルヴァは、それをいつもと同じように拒否した。


 乗り物ではない、というのがその理由であった。

 主とともに闘うのが従者であり、楽士としても最高の地位にいるのだから〈滑空鳥〉や〈伸縮龍〉のような単なる乗り物といっしょにしないで欲しい――そういうことなのだろうと持国は理解していた。


(持国様。二体来ます)ガンダルヴァから思念が送られてきた。


 どうやら《魔》が現われたらしい。

 間もなく、前方から木々の倒れる音がしてきた。倒れてあらわになった木の内部から、卵の腐ったような臭いが、立ちこめる。


 やがて、左の方角から巨人、右の方角から象の《魔》が現われた。

 左にいるのは、臼筋肉男うすきんにくおとこ――二の腕と太ももの筋肉だけが臼型にふくらんでいる巨人。その四肢から繰り出される攻撃は、あらゆるものをひしゃげさせてしまう。

 右の象は、鼻毒虫放はなどくちゅうほう――目の無い顔。前足の両方に目が付いている。頭が常に回転していて、その長い鼻から毒針を持った羽虫を放つ。


 ピシャーチャは、素早い動きで飛び上がり、臼筋肉男うすきんにくおとこの右太もも目がけて牙をたてた。

 しゃずり。巨人の血がピシャーチャの顔に掛かった。しかしその刹那、小鬼は左右に激しく振られ、斜め左後方に飛ばされた。

 ピシャーチャは、生い茂った木々の一本に激突し、倒れた幹とともに地面に落ちた。舞い上がる土煙り……。

 その中から小鬼は、すくっと立ち上がり、また巨人に向かって傾斜のついた地面を登る。


 持国は背中の鞘から幅広の剣を抜き、両手で持って走り、眼前に迫ってくる左太もも目がけて、思いっきり突き刺した。柄の部分まで入り込み、鮮血。次の攻撃に移ろうとして剣を抜こうとした時、左足が振り上がり、上下に揺さぶられたかと思うと、巨人の拳が左からやってきた。激しい衝撃に剣から手が離れ、空中へと飛ばされる。


 ヤマラージャは、もも当ての外側に両手を持っていった。彼女は、もも当てに可動式の鞘を取り付けている。抜きやすいように工夫されたものだった。鞘を前へ押し出し、同時に柄をつかみ両腕を伸ばして縮め、鞘をもとに戻す。そして、双剣を八の字に構え、鼻毒虫放はなどくちゅうほうに向かっていった。

 そやつの頭は回転し続け、鼻から放出された羽虫は、大群となってヤマラージャを襲う。


 彼女は動きを止めて剣を鞘に収め、後ろを向いた。

 ヤマラージャは、手の両方の親指と人差し指で円を作り、中指と薬指を伸ばした。地獄の管理者の印相だった。手を合わせて印を結ぶ。

 印を解くと両手がふっと緑色に輝き、その光はすぐに消えた。すると彼女の両手には、パチパチと火花が浮かんでいた。


 ヤマラージャは、再び象の方を向いた。既に何匹かの羽虫は、彼女の周りを飛び交っている。彼女の整った顔には、血のしずくが二筋、三筋とつたっていた。

 彼女は、両腕を振り火花を虫たちに投げつけた。火花は自在に動き、虫たちを的確にとらえ焼いてゆく。


 そうして、ようやくヤマラージャは鼻毒虫放はなどくちゅうほうの本体と対峙した。

 しかし。両手はふさがっている。剣は使えない。羽虫は、まだ飛びまくっている。彼女は足で象に攻撃するしか他に方法がなくなっていた。


 ブオーム!

 突如、車輪状の物体が、空中から木々をぬって飛んで来て、象の目の無い顔にめり込んだ。それは、法輪であった。ガンダルヴァが放つ特殊な武器。


「バアアルルルルルル」

 鼻毒虫放はなどくちゅうほうの悲鳴が上がり、横に倒れ込んだ。


 ブオーム!

 また音がして、法輪が飛んでくる。それは左に旋回して、臼筋肉男うすきんにくおとこの頭頂部を直撃した。法輪の半分ぐらいが、めりこむ。


 巨人の太ももと格闘を続けていた持国と小鬼は、あわてて飛び跳ねて離れた。


「モロデュンボー」

 巨人は苦しそうな声を上げ、左右にかすかにふらつくと、あお向けに倒れ込んだ。

 めり込んだ法輪からは、無数の梵字が浮き出て、虫のように臼筋肉男うすきんにくおとこの皮膚をはい回り始めた。その一部は体内へ入ってゆく。やがて法輪は消え、巨人は絶命した。


 持国は、梵字まみれになっている巨人の左太ももから、幅広の剣を引き抜いた。兜の上から左顔面を強く殴られ、失神しかけたとはいえ、一時でも剣を離してしまった自分が情けなかった。〈離空剣〉を使っていたわけでもないのに。


 彼は、あたりを見回して、ヤマラージャの安否を確認した。

 梵字まみれになって動かなくなった象のかたわらで、女剣士は残り少なくなった羽虫を火花で焼き切っているところだった。


 バサバサッと音がして、鳥人が持国のすぐ側に降り立った。

「危ないところでしたね、持国様。だいじょうぶでしたか」

「首が残ってるから、たいしたことないだろう」

「そのようですね。ピシャーチャも大事なさそうだ」


 小鬼は、巨人の右の太ももの上で寝転がり、口をもぐもぐさせて楽しそうにしている。太ももにはピシャーチャのかじった歯型が、いくつも付いていた。


「では、私は空に戻ります」

「ちょっと待って」

 羽虫を殲滅したヤマラージャが、走り寄りながらガンダルヴァに声をかけた。

「最初からあれを投げてくれれば、いろいろ苦労しなくてすんだのに」

 女剣士は、小さな傷で血だらけの顔を鳥人に見せつけて言った。

「おや。お美しい顔が残念なことです。失礼いたしました。まあ分からないとは思いますが、法輪を現出させるには、時間がかかるのですよ。印を結ばずとも使える、私の偉大なる法力を持ってしてもね」

 ガンダルヴァは、翼をひろげるとふわりと飛び去ってしまった。


「なんでしょうね。あの態度は。持国は従者たちに甘過ぎるんじゃない」

 ヤマラージャは、持国の方に顔を向けて言った。

「……そうかもしれないが、これで我々は我々なりにうまくやっているのだ」


 それから一行は、山の頂上を目指し、気持の重くなる登山を再び開始した。

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