幕間の焚き火

 乱刻山の夜は、闇が深い。                         

 木々が闇の中に完全に没し、ただ暗黒の空間がひろがるばかりだ。


 その闇にあらがうように、ちろちろと燃えている火があった。


 その火を囲むようにして、持国と鳥人と女剣士。

 彼らはガンダルヴァが見つけたこの場所で、今夜は眠ることにしたのであった。山を二合目ぐらいまで登った場所である。


 ピシャーチャは三人の座の外で、背を向けて横になっていた。


 ガンダルヴァは、森の中で迷ってしまった小鬼を、結局捜しに飛んだ。そして、この場所に連れてくるなり矢のような叱責を浴びせて、ひどく落ち込ませてしまったのである。


「ほうっておこう。やがて眠る」

 持国はそう言って、かたわらに置いてある背袋から干し肉を二切れ取り出し、剣の先に乗せて焚火で軽くあぶった。香ばしい匂いがあたりにただよう。彼は、ヤマラージャに一切れ渡したあと、残りの一切れをかじった。


 持国は、ガンダルヴァの強い視線を感じた。

「私も、お腹がすきました。こんな山に良き香りがあるとは思えません。持国様、どうかその肉の一切れで良いので、芳香をかがせてはいただけませんか」

「いやだ。肉がまずくなる」

 そう言って持国はまた背袋を開き、くだんのしなびた果実を取り出した。

「どうせこうなるだろうと思って、持ってきたぞ、ほら」

 持国は、ガンダルヴァに果実を投げて渡した。


「ああ……持国様。ありがとうございます。さすがは私の主。私のために果実を用意してくださったのですね」

「お前が一度吸ったものだけどな。〈よみがえり濃霧〉で香りをもどした」

「えっ、何ですか。そのよみがえり――」

「知らないのか。我が城の放牧場の近くにある台座を」

「あそこらは、臭いがひどいので近寄ったこともありません。でもいいことを聞きました。そのよみがえり何とかを使えば、いくどもこの果実の芳香をかげるではありませんか」

「残念だったな、ガンダルヴァ。よみがえるのは一度だけなんだよ」


「一度だけか……」

 鳥人は本当にがっかりしたようすで肩を落とし、果実の香りを吸い込んだ。金色の翼が、ふわりと広がる。

「吸ったら、我に返せよ。まだ役にたつかもしれない」


「ところで、ヤマラージャ」

 ガンダルヴァは、持国へ果実を投げながら、彼女に声をかけた。

「あ、はい」

 呆然と二人のやり取りを見ていたヤマラージャは、我に返ったように答えた。


「私は気になることがあると眠れないたちでして。今宵、気持ちよく眠るために、ひとつ訊いてもよろしいでしょうか」

「なんでしょう」

「バスウがこの山にいることを、どうやって知ったのですか」


「……宝珠の啓示です。わたくしの持っている宝珠が、昨日の夜、とつぜん光りだしてこの山の頂上の景色を映し出したのです。勝身州の乱刻山という言葉とともに」

「啓示という力も、宝珠には有るのですね。驚きました」


 宝珠とは至便なるもの――持国が従者に一月ものあいだ探らせて得た情報を、一瞬にして伝えてしまう力がある。持国は、いまだ帰らない宝珠のことを思い出し、胸が痛んだ。宝珠を支配しきれない自分の力の弱さが情けなかった。


「休もう。明日も山を登らなければならない」

 そう言って持国は焚き火に土をかぶせて、暗闇が眠りにいざなうのを待った。

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