城を出て東の大陸へ(前)

 持国は、賢上城の門を出て、山のふもとまで続いている断崖のへりに立った。


 のっぺりとした岩肌に、樹木があちらこちらに在るものの、この崖を転がずに降りることなど持国にはできそうもなかった。あらためてピシャーチャの身体能力の高さを痛感するばかりだ。


 彼は空を見上げた。視界の遠くの方に黄色い点が、動いている。

 持国は、両手で指笛をつくって、それを呼んだ――。

 黄色い点が、徐々に大きくなり鳥の形に見えてくる。


 ほどなくして、ふさふさとした黄色の毛におおわれた鳥が、彼の後方、門の近くに着地した。折りたたまれることのない、左右に長くまっすぐに伸びた羽。

 持国を山のふもとまで運んでくれる〈滑空鳥〉であった。


「申しわけないが、頼む」

 鳥にまたがりながら、彼は言った。〈滑空鳥〉にとって、人を乗せて下に飛んでいくのは、さほどの苦労ではないが、そののち、鳥の巣がある山の中腹までまた上がるのは、羽があるとはいえ、きついことなのであった。


 持国は鳥の背の上で、また指笛を吹いた。〈滑空鳥〉は、地面を走り、飛び降りるかのように崖を蹴った。いったん沈んだあと、水平になり、そして滑べるように下に降りてゆく。


 下を向いた彼の目に飛び込んできたのは、厚い壁のような白銀の山脈。須弥山を方形に取り囲んだ東の一辺。それが七層も連なり、海に浮かんでいる。その要塞のような山脈のはるか先に、ぽつりと大陸が見えていた。持国が守護すべき勝身州であった。


 鳥は、ときおり旋回しながら、ふもとに近づいてゆく。


 持国は小鬼の姿を認めた。白い砂浜に、独り寝ころがっている。その姿には、これから戦いにおもむくという緊張が感じられない。余裕なのか、気が抜けているのか。余裕なのだろう、持国は良い方にとらえた。


 鳥は円を描きながら、ゆっくりと砂浜に近づいてゆき、最後にふわっと浮いて地面に立った。

 持国が背から降りると〈滑空鳥〉は、重そうに羽を動かしながら空に上がっていった。


 打ち寄せる白波の音が、持国の耳に届いている。真水の波の清らかな、その音。


「ガンダルヴァは、どうした」

 横になって眠っているらしいピシャーチャに、持国は声をかけた。

「ん……知らない」

 小鬼は、ようやく立ち上がって目をこすりながら言った。


(ガンダルヴァ、どこにいる)持国は思念を放った。

(すぐに、まいります。今しばらくお待ちを)思念が返ってきた。

 持国は、上方に顔を向けた。鳥人の姿は確認できなかった。


「……龍は、きているのか」

「ピシ、だいぶ前に着いたから、そろそろ」

 小鬼が答えたところで、眼前の海面から、大きな水しぶきが上がった。


 持国とピシャーチャの前に、白銀の龍が現れた。龍は、蛇のような胴体を半分伸ばして、彼らを見下ろした。牙も爪もなく、どことなく平和的な印象を与えるこの聖獣は、〈伸縮龍〉と呼ばれている。


「へへ。きたね。ここにピシがいたから」

 この龍は、意思を持つ者の気配をかぎつけて、浜辺にやって来るのである。


 持国は〈伸縮龍〉に歩み寄り、首筋の濡れているたてがみに触れた。

「すまないが、大陸の南端まで連れて行ってくれるか」

 その声に、〈伸縮龍〉は沖の方に振り返り、海水の中にあった尾を砂浜に上げた。ざざざっと水しぶきが舞い、持国の甲冑を少しばかり濡らした。


 彼らは、その尾にまたがった。前に持国、後ろにピシャーチャ。小鬼のすぐ後ろは、もう尾の先だ。


「ボオーフウー」

 龍は、ひと鳴きすると、上半身を海面下にひたした。

 尾から伝わる振動と共に、持国は東へと伸びていく龍の頭を見た。いや、頭だけではない。胴体もそれに連れて伸びていった。龍の身体は、伸縮自在なのであった。


「ガンダルヴァ、こないねえ」

「龍の頭が大陸に到着するまでは、まだ間がある。だいじょうぶだ」


 ……しばらくして、羽のはばたく音が後ろから聞こえてきた。白砂に降りた音がする。

「すいません、持国様。城の女のひとりが、私の体の香りに魅せられてしまって。どうしても離してくれなかったのです」

「もういいから、早く乗れ。龍が動いてしまうぞ」

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