死闘に赴く朝

 持国と従者たちは、戦いの旅に出る日を迎えていた。ピシャーチャの報告を受けてから、二日目の朝である。


 背の低い樹木に囲まれた〈果実酒の中庭〉。


 そこで持国は、先ほどから剣を振り続けていた。闘いの際に、よどみなく剣が動くよう、ひとつひとつの技を確認しながら。

 身には、軽いが堅牢な漆黒の甲冑を身につけている。かなり使い込んだものだが、持国の日ごろからの入念な手入れにより、動くたび美しい反射光が生み出される。


 昨日も一日中、彼はこの中庭で剣の修練をし続けた。迫りくる闘いを前にして、持国は必死になっていた。

 その結果、新しく覚えた技――法力をともなう〈離空剣〉を、何とか戦闘で使えるところまで高めることができた。ピシャーチャが言ってたように、意識を自分の体と剣、交互に乗りうつるようにしたのである。むろん、意識がない方は動きが止まることになるが、瞬間的に意識を切り替えることによって、それを防ぐことができるようになった。


「持国様、ガンダルヴァです」

 中庭の入り口の方から声がして、彼は剣の動きを止めた。振り向く。


 鳥人と小鬼が立っていた。

「ピシャーチャが先に出かけるというので、私もいっしょに挨拶にきました」

「ピシ、いつものように山をくだるよ。かけたりはねたりで、のぼるよりたのしい」

「我も登るのは、つらい。降りるのは登るより楽だが、危険だ。気をつけて降りろよ」

「わかってる。心配いらない」

「私は城の女たちと別れを惜しんでから、まいります。はたして離してもらえるかどうか」ガンダルヴァは陽気な声で言った。

「ほどほどにしとけよ。我は今少し、剣を振ってから行く」

「かしこまりました。では、後ほど」

 従者たちは持国に深く礼をして、その場を立ち去った。


 彼らを見送ったあと、持国は庭の片隅に置いてある背袋に歩み寄った。袋を開けて、中身を確認する。

 干し肉や水入れ、発火石、濃霧によってよみがえった果実、そして小さな袋。持国は小さな袋を取り出して、それを見つめた。

 鮮やかな青の地に、銀糸で光を思わせる紋様が入っている。


 ――やはり、帰ってはいないか。


 その袋にはかつて、宝珠と呼ばれる玉が入っていた。上部がすぼんで尖っている形をした、手のひらに乗るぐらいの小さな玉。持国はそれを、東の大陸の果てにある混濁沼というところで手に入れた。一年前のことである。その時宝珠は二度光り輝いて、絶大な力を持国に示した。


 それ以降は光ることがなかったが、十日前、三度目の輝きが起こった。

 彼は宝珠をいつも枕元に置いて寝ていたのだが、眠りに入るまどろみの中、突然光りはじめたのだった。

 持国は眩しすぎる光の中に、〈離空剣〉を使う自分の姿を見た。新しい剣の技を身に付けるための知識を、宝珠から授かったのだった。


 けれども。

 その直後、宝珠は忽然と姿を消してしまったのである。


 もとより、宝珠は扱うことが難しい玉であった。持ち主を喰らってしまう玉とも云われている。今回のように消えてしまったり、かと思えばある時に戻って持ち主を惑乱させたり、はたまた法力の弱い持ち主などには、その者の心を支配しようとして夜ごと夢に侵入するということもしたりする。


 透明だった宝珠は、この一年間で少しずつ持国の肌と同じ青色に染まってきていた。その宝石のような色合いは、彼に対して忠誠をあらわしているように思えた。宝珠は自分のものになりつつあるんだという自惚れが、この事態を引き起こしたのかもしれないと持国は思っていた。


 彼は小袋をもとに戻すと、ふたたび技の確認をはじめた。


 やがて持国のあごから、汗がしたたり落ちる。しかし、それを気に留めることはない。

 宝珠を持たない者として、これからの戦闘を乗り切らなければならないのだ。


 持国は剣を、ひときわ力強く振った。従者たちの助けはあるだろうが、やはり一番の頼りは、この幅広の剣だった。

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