第10話 アコという名の存在

 

「一也。その気になってる人に

   フレンチトースト食べさせたら?」

 

「え?」

 

 休みの日の朝、アコにせがまれフレンチトーストを作っていた。

 

 初めて付き合った彼氏に教えてもらったフレンチトースト。

 

「男は胃袋を掴めっていうし

    これ食べさせたら落ちるかもよ」


料理が全く作れないアコ。

作れないくせに味にはうるさい。

しかし、何がダメかをハッキリ的確に言ってくれるから、その点は助かっている。


「あ、でもダメよ‼︎ 

来週から私が居ないからって、連れ込んだら!」

 

「しないよ、そんな恩知らずなこと。

  それに、この部屋じゃ盛り上がらないし‼︎」

 

「失礼な! 彼女と居心地が良い部屋作りを考え抜いた結果の部屋なんだから!」

 

 確かに座り心地が良いソファに、オシャレなラグ。

 床に座った時に丁度良い高さのローテーブルの向こうに大画面のテレビ。


 ピザを食べながら映画を観て、盛り上がったらソファで、イチャイチャする。

 

 しかしそれは、この部屋の持ち主だからで

僕はただの居候。

アコと一緒の時以外は

部屋の隅に置かれた寝袋周辺が僕の居場所だ。

 


 アコこと、矢島綾子(やじまあやこ)との

出会いは高校2年のクラス替えの初日

隣の席からの「ハンカチ貸して」から始まった。

 

 トイレから手を振りながら帰って来た初対面の女子に、そんなこと言われるなんて思ってもみなかった僕は、ドン引きした。


 そんな僕に向かって

「え?持ってないの?まぢ?」と言われ

仕方なくハンカチを渡し「返さなくていいから」と言ったら「私もいらない」と言われた。


 なぜそこから仲良くなったのかは覚えてないが、複雑な家庭環境で育ち、学校とバイトの往復だけの高校生活を変えてくれたのがアコだった。

 

生きてる価値のない

誰からも必要とされてない

おかしな人間なのかもしれない…

と思っていた人生に、彼女が光を与えてくれたのだ。

 

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