第8話  Berbunga(咲く)

 5分後、彼は走りながら戻ってきた。

 

「お待たせしました。

 あと、この鍋運んだら終わりなんで。

 食べたいものとかあります?」

 

「いや、特にはないかな。

    ただ生魚が苦手で…」

 

「じゃあ…お気に入りのお店があるんですけど

 そこでいいですか? 

 気まぐれで作るグラタンがメチャクチャ美味くて、絶対あったら食べて欲しいなぁ。

他の物も美味しいし、小さい店だけどゆっくり出来ますよ」 

 

 大きな鍋を持ち『行きますか』とドアを閉める。

 


 見慣れた街並み。

まだ動き始めるには早い時間帯。


 通い慣れた道を並んで歩く。

 同じような高さの建物が並び

     昼と夜の顔が全く違う街。

 

「ここで待っていて下さい。置いてきちゃいます」

 

 ビルの前で止まると、階段を駆け上がって行く。

 カフェや数軒のゲイバー、うどん屋などが入っている。僕がよく行く『Berbunga(ブルブンガ)』も入っている。

 

「お待たせしました。行きましょうか」

 

「お店もやってるの?」

 

「違いますよ。知り合いの店の厨房借りてるんです。作った料理を分けて

お店のお通しで出したり、たまにママの希望を作ったりして。

それで無料で貸してくれてて。助かってます」

 

「何てお店?」

 

「Berbungaです」

 

「え?よく行くよ」

   

「知ってます。以前見かけたんで…

スミマセン、黙ってて」 

 

「謝らなくていいけどさ、すごい偶然だね」

 

「この仕事始めたきっかけもママの一言からで…」

 

 苦笑いをしながら『こっちです』と歩いて行く。



 そのお店はネオンに溢れる場所から一本裏通りに入った、少し懐かしいような場所にあった。

 蔦が絡みつくビルの2階。

雀荘やスナックが左右に並び、その突き当たりに『居酒屋 たぬき』という看板がある。

 

「こんばんはぁ」

 

 お店の中はカウンター席が8席。

テーブル席が3席と広さはないが、居心地が良さそうな空間が広がっていた。

 

「いらっしゃい。カウンターでいい?」

 と年配の女性がこちらに向く。

 

「今日グラタンある?」


「今日はないのよ。でも焼うどんがあるわよ」


「お!やった!焼うどん‼︎

 グラタンに次いで珍しいんだ!」


 子供のように瞳をキラキラさせ

嬉しそうに話す彼は、僕とは違う世界の人に見えた。

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