第5話 見てはいけないもの


 その日、普段は行かないアウトレットモールにいた。

 問い合わせをしたら、欲しかった靴がそこにしかないと言われ、仕方なく行った。

 

 カップルや家族連れが多いこの場所は、自分は来てはいけない場所のような気がして遠ざけていた場所。

 

 電車の中で店の位置を確認し、ただ目的地を目指し進んだ。

 欲しかった靴を購入し店を出た時、斜め向かいに彼の好きなブランドの店があった。

 


 後悔している。

 

 なんで見てみようと思ってしまったのか。

 

 なんで入ってしまったのか。

 

 なんで彼の声がする方を振り返ってしまったのか…

 

 

 「あら、あそこにいる人、聖(ヒジリ)に似てるわね」

 

 のんびりとした声が聞こえ

『そうかな』という彼の声。

 なんの感情も感じない声。

 

 両親と兄からの愛情を受けて、無垢なまま成長したような少年がこちらを振り返る。


 「僕あんなに背が高くないし、オシャレじゃ無いよ」


 全部壊してやりたい。

 心に湧き上がる感情に驚く。

 

 しかし、それはどんどん膨らんでいく。

 ここにいちゃいけない…



 彼が欲しそうにしていた限定スニーカー。

 ボクが前夜から並んで購入したスニーカー。


 『履かないの?』と聞くと

 『大切なものは飾っておくんだ』

と彼が言ったスニーカー。

 

 それをその子が履いていた。

 

 


 気付くと新宿3丁目を2丁目に向かって歩いていた。

 家に帰るように、歩く通り。

 しかし週末の昼間に歩くことはほぼ無く、知らない街のように見える。

 そこに見たことがある車が止まっていた。

 

「アッ、こんにちは。」

 

 この笑顔に寂しさを埋めてもらえるだろうか…

 

 寂しさと性欲の吐口にしてはいけないと思う気持ちと、どうでもいいだろと云う身勝手な気持ちが錯綜している。


 「大丈夫ですか」


 その笑顔は心配そうに僕を見下ろしていた。

 僕は泣いていた。笑顔はそれ以上、問いかけてはこなかった。

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