猫の手を借りた男

凹田 練造

猫の手を借りた男

 アニマルカードバトル、決勝戦。

 我輩は、猫のカードデッキで、戦いを挑んでいた。

 相手は、犬のカードデッキ。

 見るからに獰猛そうな、鋭い牙の大型犬が、鎮座ましましている。

 反対に、こちらは俊敏さを重視した、細身の素軽い猫が虎視眈々とあたりを伺っている。

 戦いはすでに終盤に差し掛かっていた。

 お互いに、相手を撃破できる装置の設置までこぎつけており、自分の動物が発射ボタンを押した方が、勝利となる局面だ。

 相手のプレーヤーが宣言する。

「俺のターン」

 カードを一枚ひく。

「犬に論語」

 やれやれ。これは、なんの役にも立たない例え。一回休みに等しい。

 今度は、我輩の番だ。

「我輩のターン」

 猫のデッキから一枚をひく。

「猫に小判」

 残念、こちらもまた、一回休みだ。

 敵が、しめたとばかり、不敵な笑みを浮かべる。

「俺のターン。

 夫婦喧嘩は犬も食わない」

 突然、ちゃぶ台が現れ、中年の夫婦がにらみ合う。

 いったい、どっからやって来たんだろう、と思う間もなく、口汚くののしり合う二人。

 見る間に大人しくなる犬。激しい夫婦喧嘩に、辟易しているような風情。

 だが、ここがチャンスだ。一気に畳みかけよう。

「我輩のターン。

 借りてきた猫」

 まずい。こちらの猫も、ずいぶん大人しくなってしまった。

 犬も猫も、戦う意思をなくしたかのよう。

 敵も、負けじとばかり、次のカードをドローする。

「俺のターン。

 犬が西向きゃ、尾は東」

 すると、会場全体が、大きく揺れた。

 パニックになりかかったが、要するに、会場全体を回転させて、犬が向いている方向を、西の方角に合わせただけのようだ。

 よし、今のうちに、猫に発射ボタンを押させて、勝利してしまおう。

「我輩のターン。

 猫の額」

 何ということだ。途端に会場が、一気に小さくなる。

 いつの間にか、ちゃぶ台も夫婦も消えており、少し油断すると、ステージから落ちてしまいそうなほど狭っ苦しくなってしまった。

 敵も、かろうじてバランスを保ちながら、次のカードをドローする。

「俺のターン。

 犬も歩けば棒に当たる。

 よしっ、棒を咥えて、ボタンを押すんだっ!」

 だが、何ということであろう。

 棒を咥えにいった犬を、棒がかわしただけでなく、したたかに犬を打ちすえたのだ。

「キャイーン」

 哀れ、犬は尻尾を巻いて逃げ帰ってきた。

 危うく、ステージから落ちそうになって、踏みとどまる。

 今度こそ、チャンスだ。

「我輩のターン。

 猫の手を借りる」

 やった。これで勝った!

 だが、ガッツポーズを決める我輩を尻目に、猫は動こうともしない。

「どうした! なぜボタンを押さん?」

 その時、敵の高笑いが、会場全体にに響き渡った。

「ハッハッハ。馬鹿め、人間の手に当たるものは、猫の場合、前足だ!」

「な、なんだと! それでは、このカードは、なんの意味もないではないか!」

 だが、そんなことは意にも介さず、勝手にデッキのカードをドローする。

「俺のターン。

 頼むと頼まれては犬も木へ登る」

 ジャックと豆の木のように、ニョキニョキと生えてきた木に乗っかって、一段と高くなった発射ボタンを、相手の犬がゆっくりと押すのが、まるでスローモーションのように目に映るのだった。

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猫の手を借りた男 凹田 練造 @hekota

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