セオと僕の猫の手を借りた結果
加藤ゆたか
猫の手を借りた結果
西暦二千五百五十年。人類が不老不死を実現して、そして僕が不老不死になって五百年が経った。世界は変化をやめ、永遠に続く平和と日常に浸って僕は今日も過ごす。
とは言ったものの、この星では現状を維持するのは大変な労力だ。靴は履いていれば底がすり減るし、ズボンには穴があく。シャツは黄ばんで、賞味期限切れの食べ物は腐り、気付かぬうちに家は雨漏りで、壁の中はカビだらけである。
僕とパートナーロボットのセオは、家のリフォームのためにしばらく近くのホテルに住むことになっていた。持っていく荷物は最小限にして、残りの部屋の荷物は倉庫に預けることにする。僕の家の物置部屋には僕が不老不死になる五百年より前の荷物がたくさんあった。たまにセオが中身を漁っていたが、ほとんどの荷物は前回引っ越した時から百年は箱に入ったままだ。これらはそのまま倉庫に持っていってもらい、リフォーム後はまた物置部屋に戻す。僕は物を捨てられない性格なのだ。
「セオ、いい加減荷物をまとめたか?」
「んー、一ヶ月って結構長いよね……。どうしようお父さん、ゲームは全部持っていきたくなるよー。」
「荷物が多くなると大変だぞ?」
「えー?」
今日中にホテルに移動したかったのだが……。セオの部屋はまだ片付いていなかった。
「ああ! しまった、猫ちゃんとの約束の時間が来ちゃったよ! ごめんなさいお父さん! あとは帰ってからやります!」
「おい、セオ!」
最近のセオは公園で猫とよく遊んでいるらしかった。まあ、犬のタロも以前ほどの元気もないし、よく行っていた商店街の修理屋も閉店してしまった。僕もこのところリフォームの手配で忙しかったから、猫であっても新しい友達が出来たのはセオにとって悪いことではないが、引っ越しの準備よりも猫を優先してしまうのはどうなのだろうと思う。
「お父さん! 猫ちゃんが手伝ってくれるって!」
セオが、五分も経たないうちに元気な声で帰ってきた。
猫に手伝わせるだって?
「あ、セオのお父さんですか。……こんにちは。」
ところが、玄関で出迎えると満面の笑顔のセオの横にいたのは女の子だった。
「もしかして、セオが言ってた猫ってこの子なのか?」
「猫じゃないよ、猫ちゃんだよ。」
「猫ちゃんです。」
女の子は僕を品定めするような目で見た後、無愛想に自己紹介をした。
「人間の? 本当の名前は?」
「……。」
「猫ちゃん、私の部屋はこっちだよー。」
ムスっとした顔で僕を見るその女の子は、僕の質問を無視した。そして、そのままセオに続いて家の中に入っていった。セオに『猫ちゃん』と呼ばれて女の子の表情が、ぱあっと晴れやかに変わったのを僕は見た。
「猫ちゃん、私こっちでゲームを選ぶからそっちをお願い。」
「うん、セオの部屋、素敵ね。毎日遊びに来たい!」
「それは無理だけど、今度ゲームで遊ぼうね。」
「うん! 私やったことないけど大丈夫かな?」
「大丈夫、教えてあげるよ! 楽しいよ!」
「セオと一緒なら何でも楽しそう!」
「さーて、やるぞー。」
「あ、この棚の中が怪しいって私のセンサーが……。はずれた。靴下か。それじゃ、こっちは……。」
「猫ちゃん、ダメだよ! そっちは私がやるから!」
「セオがどんなの持ってるか見たい。セオのこと何でも知りたい。」
「下着は別に知らなくていいの! 猫ちゃんのエリアはあっちね!」
「にゃん!」
「じゃれてもダーメ!」
僕の家の中がこんな状況に置かれるなんてこの百年考えたこともない。セオの部屋から聞こえる二人分の女子のキャピキャピした声に、僕はめまいを覚えた。
疲れる……。はぁ、とため息をついた僕は残りの荷物をまとめる元気もなくなってソファに体を預けた。こうやって見渡すと五百年分の荷物はかなりの量だ。整理するなら猫の手も借りたくなるが、セオが連れてきた猫に任せたらどうなるかわからない。後は猫の手ではなく引っ越し作業ロボットの手に任せることにしよう。
夕方になって、やっと『猫ちゃん』は帰っていった。セオの部屋は、お世辞にも片付いたとは言えない。いや、前よりも散らかっている気もする。なんだったんだ、この時間は。
「はぁ、なんか私疲れたよ。」
セオがソファにダラリと寝転がって言った。セオはロボットだから疲労は感じないはずだが、『猫ちゃん』の相手でセオは相当パワーを消費したようだ。
「もう、持っていけるだけの荷物でホテルに移動するか? 残りは明日、引っ越し作業ロボットに頼もう。」
「……そうするよ。」
近くのホテルにチェックインした僕らは、ホテルの部屋に入ってやっと落ち着くことができた。
僕は部屋に備え付けのユニットバスの湯船にお湯を張った。
「体が埃っぽいから、先に風呂に入ってるよ。」
ホテルのベッドに転がっているセオにそう言って僕は風呂に入った。
引っ越しは出来れば避けたいイベントだ。しなくてもいいならそれに越したことはないが、永遠の時間に住居の方が持たないのだから仕方がない。僕はゆっくりとお湯に浸かった。
「お父さん、私も入るよ。」
セオが風呂のドアを開けて中に入ってきた。セオの髪は少し光を失っていて、セオがシークレットモードになっていることがわかる。僕はセオと一緒に風呂に入る時はいつも、セオをシークレットモードに切り替えさせていた。シークレットモードにするとセオが見た情報はロボットネットワークには共有されない。僕の裸なんて大したプライバシーでも無いのだが、心情的にそうしていた。
「いつもとお風呂が違うから、どう入ろうかな。」
セオは風呂に入ってる僕の前で湯船を跨ぎ、僕に背を向ける形でお湯に入った。僕の内腿にセオのお尻が当たるようにセオが腰を落とし、僕に体を預けるように寄りかかった。セオの頭が僕の鼻先にあって、湯気にセオの匂いが混じる。
「猫ちゃん、可愛いし良い子なんだけど、私のこと何でも知りたがるの。私のこと大好きみたい。」
「そうなのか。」
「まだ不老不死になってないんだって。」
「じゃあまだ若いんだな。」
「うん。私より若い子と友達になったの初めてだから、私……。」
セオはその後の言葉を続けないで少し沈黙した後、明日ホテルを探検しようなんて言って笑って、いつものセオに戻った。引っ越し作業で疲れた僕らはしばらくそのまま湯船の中で重なってお湯で体を癒した。ホテルの風呂に二人で入るのは狭いからしばらく別々に入ろうかと僕が言ったら、セオは頬を膨らませ、私は無理にでも一緒に入るの! と言った。
セオと僕の猫の手を借りた結果 加藤ゆたか @yutaka_kato
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