理由なんてなくて

CHOPI

理由なんてなくて

ほのかに香るおひさまの香り、目にまぶしい菜の花の黄色。

この季節を迎えるたびに、必ずキミの影を思い出す。



満開の桜の下、お互いの卒業アルバムに寄せ書きを書いた。

確かその日、私は泣いていたっけ。

薄く淡いピンク色の桜吹雪がとてもきれいで、

泣いている私に困り顔をしつつ

自分も目を潤ませていたキミがとても印象に残っている。

なんてことは無い、お互い進む道が違ったっていう、よくある話。

『私、連絡するから!』

『わかった。俺からも連絡する』

春を不安がっていた私に、“大丈夫だから”と言い聞かせてくれたキミ。

その約束は最初の数ヶ月守られていたけど。

少しずつずれていく歯車は、どちらが悪い、ということでもなくて。

環境が変われば人も変わる、それはどうしたって仕方のないことだった。

自然に距離が出来ていく中、

それでもお互いが必死に切れそうになる糸を何とか繋ごうともがいていた。

だけど離れた距離を繋ぐには、私たちの糸は細すぎてしまった。


どんよりとした雨雲が覆いかぶさっていた梅雨のある日。

じめじめとした空気、アスファルトは既に雨に濡れた臭いがした。

『……最近、あんまり連絡くれないね』

『……そっちだって同じだろ』

久しぶりに開いたキミとのLINE。数日前に交わした、“会おう”の約束。

2人で悩んで入ったのは、

以前キミとよく過ごしたハンバーガーのファーストフード店。

その時感じた、何となく以前とは違う2人の間に漂う空気感。

まるで溝が出来たように、凄くキミが遠く感じてしまった。

たった数ヶ月会わなかっただけなのに。

その溝を証明するかのような、話していてもなかなか嚙み合わない会話。

――なんでキミ相手に、こんなに気を使っているの?

――なんでキミ相手に、こんなにも緊張をしているの?

自分の中でも整理の付かない気持ち。

あんなに一緒にいて、あんなに近かったのに。

こんなにも、遠くなってしまった。


その日を境に、お互い更に連絡を取らなくなっていった。

キミのLINEを最後に開いたのはいつだったか……。

トークを開いてもなんて声をかけていいのかわからず、開いては閉じ、の繰り返し。

そんなことをしているうち、キミからもLINEは来なくなっていた。



目の前をモンシロチョウが飛んでいる。

空を見上げるとどこまでも澄み渡る奇麗な青空だった。

制服姿の学生が横を通り過ぎていく。

最後に会った梅雨のあの日、キミはもう制服なんて着ていなかったはずなのに、

それでも私の中のキミは、いつまで経っても制服姿のままでいる。

それに引き換え、今、私が着ているのはリクルートスーツだ。

……時の流れと言うのは残酷だな、なんて思う。

もう、あれからそれだけの時間が経っているのだと嫌でも感じる。

あぁ、私は、大人になってしまったのだ。


環境の変化が苦手な私は、春が大好きで、同時に大の苦手だ。

出会いも別れも、いろんなことが全部一斉に起きるこの季節は、

何度過ごしてもあまり慣れない。

ワクワクするし、新しい日々に期待もする。

同時に環境の変化への対応に四苦八苦する。

上手く感情のやり場を見つけられない私は、それでも何とかここまで過ごしてきた。

なのに、どうしてだろう。

あれからもう何年も経つはずなのに、毎年春は特に色濃くキミの影を思い出す。

“大丈夫だから”、そう言ってくれた制服姿のキミが鮮明に思い出される。

その姿を思い出す度、弱い私は甘い幻想を夢見てしまう。

大人になった今、なら。

キミと、話せるのだろうか、と。

だけど同時に思い出される、あの梅雨の日の苦み。

その苦みが春の甘い幻想を打ち砕く。



今抱いている甘い幻想も苦みも全部、いつか淡い思い出になるのだろうか。

やっぱり、だけど、でも。

たくさん浮かぶ言い訳の片隅の本音。

まだ、私を行動させるには小さい、でも確かな本音。

この本音が私を動かすくらいの大きさになる日は来るのだろうか。

来るか、来ないかわからないけど、

見て見ぬふりがどうしてもできない本当の気持ち。

――ただ、キミに会いたい。

それが私の、今のすべて。

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