第60話 そして今



 そっと優しい風が

幼いパステルナークの頬を撫でたように思えた。


風で乱れた髪を直そうと手櫛を入れると

幼い頃よりも長い見事にカールした髪が指に纏わりつく。


血に染まった髪も身体もエリオットが洗い流してくれている。


幼い頃の愛に満ちた日々

あれから

どれくらいの年月が流れたのであろう。


ベッドの上

今にいるパステルナークは

両手を両膝の上に置いて時の流れを憂う。


ふと開け放たれた窓を見ると

窓の向こうの広い外縁の上

明るい三日月が見える。


その下には

三日月の明かりに照らされて

一人の男が立っている。


「ロルカ」


かつての姫が言う。


男は振り向きざまに膝をつき


「パステルナーク様」


と言う。


パステルナークは

エリオットが用意してくれていたことなど知らず

手元に有る薄い布を羽織り

ロルカの居る窓の外の

外縁へと歩み行く。


「立てロルカ、今までのように接してはくれぬのか」


ロルカは立ち


「お許しくださるのであれば」


と言った。


「長い戦いであった」


「私にとっては、長い旅でした」


パステルナークの言葉を引き受けてロルカは答える。


いつもの静かな笑顔で。

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