最終話

 ふわり、風が吹いて。

 

 

 

 

 

 今年も俺は、さくらの木を見上げる。

 

 

 相変わらずこのさくらは、咲き急ぐかのように花を開かせている。

 

 

 

 

 

 あの頃の、ように。

 

 

 

 

 

「桜海?」

 

 

 

 

 

 樹に背中を預け凭れかかってぼんやりとしている俺を、家の窓から巽が呼んだ。

 

 

 

 

 

「どうしたの?」

「あの頃を思い出してた」

「あの頃?」

「巽に出会う前、出会った頃」

 

 

 

 

 

 あたたかい日差し。

 

 

 季節は春。

 

 

 

 

 

 さくらの木の巽に出会ってからもう何度目の春か。

 

 

 

 

 

 出会い別れ忘れ、再会し別れ忘れを繰り返し、本当に出会ったあの初夏から、いくつの春を共に過ごしたか。

 

 

 

 

 

 巽がオルゴールを手に玄関から出てきて、眩しそうにさくらの木を見上げた。

 

 

 

 

 

「本当に、不思議だったね」

「ん………」

「今でも時々信じられないよ」

「俺も」

 

 

 

 

 

 手を伸ばして巽に触れて、そのまま抱き寄せる。

 

 

 

 

 

 さくらの木のあなたは、満開の時には壮絶なまでに美しく、そして、散ることを知っているからこそ、儚く、淡く。

 

 

 

 

 

 それが怖かったのを、覚えてる。

 

 

 

 

 

 巽が俺の背中の辺りでごそごそとぜんまいを巻き、オルゴールの蓋を開けた。

 

 

 流れてくる、Sakuraのメロディー。

 

 

 

 

 

「これ、誰の曲か知ってる?」

「知らない。おじいちゃんも知らないって。それも不思議な話だよね」

 

 

 

 

 

 誰も誰の曲か知らない、Sakura。

 

 

 知ってるとしたらそれは、このさくらの木なんだろうか。

 

 

 

 

 

 巽を抱き締めたまま、そんなことを考える。

 

 

 

 

 

 メロディーが止まって、巽がもう一度ぜんまいを巻いた。

 

 

 メロディーが聞こえ始めたと同時に、ひゅうって強く、風が吹いて。

 

 

 

 

 

「あっ………!!」

「どうした?」

「写真!?」

 

 

 

 

 

 青い空に、舞った、1枚の写真。

 

 

 

 

 

 写真?

 

 

 

 

 

 ひらひらと風に乗って、舞って、飛んで。

 

 

 やがてそれは、どこかへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

「写真なんて入ってなかったよ?何で?」

「………何でだろう、な」

 

 

 

 

 

 俺、見たことあるよ、その写真。

 

 

 

 

 

 見えなくなったそれを追いかけて、そして俺は、目を、閉じた。

 

 

 

 

 

 さくら。

 

 

 

 

 

 それはきっと、このさくらの木の、満開に花開いた写真。

 

 

 

 

 

 一度目はさくらの木のあなたも写ってた。

 

 

 二度目はただ満開のさくらの木が写ってた。

 

 

 

 

 

 今は。

 

 

 

 

 

 飛んで行った今は、一体何が写ってるんだろう。

 

 

 

 

 

「もうすぐ、満開になるね」

 

 

 

 

 

 柔らかな声。

 

 

 

 

 

 さくら。

 

 

 

 

 

 さくら。

 

 

 

 

 

 淡く儚く、けれど鮮烈に咲く、さくら。

 

 

 

 

 

 春の風に揺れて。

 

 

 それはまるで、笑っているよう、で。

 

 

 

 

 

「うち、入ろ?」

「………ん」

 

 

 

 

 

 さくらの木の下でキスをして。

 

 

 俺たちはその脇の、古い古い家に、入った。

 

 

 

 

 

 奏でる、優しいSakuraのメロディー。

 

 

 揺れるさくら。

 

 

 

 

 

 もしかしたらどこかで、俺たちのように不思議な出会いをしている誰かが居るのかもしれない。

 

 

 

 

 

 玄関からもう一度さくらの木を見て、そんなことを、思った。






おしまい

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Sakura みやぎ @miyagi0521

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