第18話

 巽を追いかけるように俺も果てて、はあ………って巽が甘い息を漏らした。

 

 

 

 

 

 少しの、沈黙。

 

 

 

 

 

 抱き締めて、抱き締められて、夢じゃないって、嘘じゃないって確かめる。

 

 

 

 

 

「さくらの季節にだけ見る夢で、何人もの人に会った。桜海に会う前にも、何人もの人に会った。でも毎日来てくれたのは桜海だけで、僕は次の年も会いたい、会えたらいいって、オルゴールを渡したんだ」

「何でオルゴール?」

「元々ここに住んでいた僕のおじいちゃんがね、オルゴールを作る人なんだよ」

「え?」

「桜海に渡したオルゴールは、僕が初めて作ったオルゴールだよ。忘れないでって、僕を忘れないで、また会いに来てって。そう思って作って、そう思って夢の中で渡したのに、起きたら本当になくなってて、次の年に桜海が持って会いに来てくれたから、びっくりしたんだ」

 

 

 

 

 

 どこまでも。

 

 

 どこまでも、不思議な話。

 

 

 非現実的過ぎて、頭の奥が霞むような。

 

 

 

 

 

「また会いに来てくれるって約束をしてくれて、本当に来てくれたのは、桜海だけ」

「あの曲は?」

「夢で僕はさくらだから、さくらっていう曲ない?っておじいちゃんに聞いたんだよ。そしたらあれをくれた」

「嘘みたいな話だな」

「うん。嘘みたいな、話」

 

 

 

 

 

 巽を見下ろして、頬に触れて、キスをする。

 

 

 目を伏せて、柔らかく笑って。

 

 

 

 

 

「すき」

 

 

 

 

 

 小さく、呟いた。

 

 

 

 

 

「すき、だよ」

「俺も。俺も好き」

 

 

 

 

 

 もう、離れなくてもいいの?

 

 

 忘れなくてもいいの?

 

 

 さくらの季節じゃない、今で会えたなら、俺たちは。

 

 

 

 

 

「そうだ、僕、ここに住むことになったから」

「え?」

「だから、いつでも来ていいよ?」

「本当に?」

「うん。いつでも、ここに居る」

 

 

 

 

 

 いつでも。

 

 

 いつでも、ここに。

 

 

 

 

 

 その言葉に、胸の奥がぎゅってなって。俺は巽を、強く抱き締めた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、巽って、何歳なの」

 

 

 

 

 

 本当にさくらの木のあなたじゃないのか確かめたくて、聞いてみる。

 

 

 

 

 

「僕は27才。夢の中では何故かずっと同じ姿だったけど、おじさんじゃないよ?桜海に最初に会った時は僕も子どもだったんだから」

 

 

 

 

 

 ふふふって、楽しそうに、笑う。

 

 

 

 

 

「僕はね、おじいちゃんと同じようにオルゴールなんかを作って生計をたててるんだ。オルゴールだけじゃなくて、木のね、色々。ここにはおじいちゃんが使ってた機材がまだそのままあって、おじいちゃんももうここには戻って来ないって言ってたから、思いきって引っ越してきたんだよ」

 

 

 

 

 

 もしかしたら、いつか本当に桜海に会えるかもって。

 

 

 

 

 

 頬に添えられる手。指。

 

 

 掴んで唇を寄せて離して、また、唇にキスをした。

 

 

 

 

 

「俺、まだ学生だけど」

「うん。桜海は夢の、そのままだね」

 

 

 

 

 

 どんな桜海でもいい。会えたからいい。こうしていられるならいい。

 

 

 

 

 

 耳に届く、巽の柔らかな、声。

 

 

 心地好い、声。

 

 

 

 

 

 唇を重ねて、また重ねて、何度も重ねる。

 

 

 

 

 

「まだ、何か信じられない」

「うん。………僕も」

「もう1回、いい?」

「え?」

「さくらのあなたじゃないって、もう1回、確かめたい」

 

 

 

 

 

 ………うん。

 

 

 

 

 

 柔らかな声で頷いて目を閉じた巽に、俺は深く深くキスをした。

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