第15話

 ざあっと、風が流れた。

 

 




 それが、合図。

 

 

 

 

 

桜海おうみ?」

 

 

 

 

 

 小さく名前を呼ばれて、俺は。

 

 

 訳も分からず心の、本能の、求めるがままにその人に引き寄せられて、抱き締めた。

 

 

 

 

 

 あたたかい。ぬくもり。確かな。

 

 

 

 

 

「本当に、桜海なの?」

 

 

 

 

 

 耳を揺らしたのは、震える声。

 

 

 

 

 

 聞いたことなんて、あるはずないのに。

 

 

 ないはずなのに。聞き覚えのある、声。

 

 

 抱き締めたことなんて、あるはずないのに。

 

 

 ないはずなのに。抱き締めた覚えのある身体。

 

 

 

 

 

 あなたが誰で、何で俺を知っていて、俺は何でこんなことをしてるのか、もう、どうでも良かった。

 

 

 

 

 

 この人だ。

 

 

 この人だ。

 

 

 この人だ、この人だ。

 

 

 

 

 

 この人、なんだ。

 

 

 

 

 

 ただ、それだけ。

 

 

 俺の中は、もう、それだけで。いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 堪えきれずキスをした。

 

 

 堪らずにキスをした。

 

 

 

 

 

 完全に不審者じゃね?

 

 

 

 

 

 頭の片隅にそんな思いが過ったけれど、腕の中の人は何も言わず俺のキスを受け止めてくれた。

 

 

 俺の背中に強く腕を絡めて、俺の名前を読んで、唇を開いてくれた。

 

 

 

 

 

 だから。キスをした。

 

 

 キスを、繰り返した。

 

 

 

 

 

 誰。

 

 

 あなたは、誰。

 

 

 

 

 

 いや、いい。

 

 

 誰でもいい。

 

 

 あなたが誰でもいいから。

 

 

 

 

 

 行かないで。お願い、ここに居て。俺の側に、ずっと。

 

 

 

 

 

 込み上げてくる、苦しいぐらいの、それは願い。

 

 

 

 

 

「ね、入ろ?」

 

 

 

 

 

 繰り返すキスの隙間に、あなたが言った。

 

 

 

 

 

 符合しそうな何か。

 

 

 でも、符号しない、何か。

 

 

 

 

 

 柔らかな声。

 

 

 柔らかな笑顔。

 

 

 風。

 

 

 揺れる葉。

 

 

 

 

「名前は?」

「僕は、たつみ佐倉巽さくらたつみだよ」

 

 

 

 

 

 佐倉巽。

 

 

 

 

 

 さくら。

 

 

 

 

 

 俺は巽に手を引かれて、さくらの木の脇の古い古い家に入った。

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