第16話
こっちだよって手を引っ張られ通されたのは、古びたソファとテーブル、棚に色々なお酒が飾られた応接間だった。
符合しそうな何か。
でも、符号しない、何か。
ざわざわする。
どくどくする。
俺。ここ、知ってる。
この、ソファ。
窓から見える、さくらの木。
俺は、手にしていたオルゴールの蓋を、開けた。
流れ出すメロディー。
「ずっと、夢だと思ってた」
「………夢?」
ふわりと、巽が俺の首に腕を絡めた。
だから俺もその腰に腕を絡めた。
ぎゅっと、抱き締める。
「さくらの季節にだけ、見る夢があるんだ」
「さくらの、季節………?」
オルゴールの音が、止まる。
頭の中に、心の中に、淡いピンクが浮かび上がる。
「さくらが咲いて、散るまでの間だけの夢だよ」
符合しそうな。
何か。
Sakura.
さくら。
俺の名前は桜桜海。
あなたの名字は佐倉佐倉。
さくら。
Sakura.
「夢の中で、何故か僕はさくらの木で、そこに毎年必ず来てくれる男の子が居るんだ」
「………」
「僕の姿は変わらないのに、男の子はどんどん大きくなって、いつしか僕を好きと言ってくれるようになって、キスをして、身体を重ねるようになった」
「………巽、それ」
「彼は僕を好きで、僕も彼が好きで………。でも僕たちはいつもさくらの季節にしか会えずにいた。別れる時はいつも、指切りをして、いつも、哀しくて」
符号しそうな何か、が。
さくら。
咲き急ぐ1本の、さくらの木の記憶と共に。
「さくらの季節にしか、夢の中でしか、会えずにいたのに………」
震える声。
そっと身体を離して、その顔を見た。
溢れてる、涙。
柔らかな笑顔を浮かべて、泣いて。
「あなた、なの」
よみがえる記憶。
花が咲くように。満開になるように。
記憶が開いて開いて開いて。咲いて。
さくら。
さくらの木の、あなた。
好きで、好きで、堪らなくて。
けれど、風に舞う花びらに消えてしまうあなた。消えてしまう俺の記憶。
その、あなたが。
「僕だよ、桜海」
さくら。
さくらの木の、あなた。
何かに導かれるようにやってきたここで、俺はあなたと、また。
………会えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます