第11話

 それからさくらは、あっと言う間に満開になった。

 

 

 

 

 

 だから俺はできる限り通った。

 

 

 毎日は無理でも。可能な限り。

 

 

 朝から夜まで。時に、泊まり。

 

 

 散る前に散るまでに、と。

 

 

 忘れたくないけど忘れてしまうから、と。

 

 

 

 

 

 あなたに会って抱き締めて、あなたのぬくもりを、あなたを、身体に刻んだ。

 

 

 身体に、深く。深く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が、吹く。

 

 

 

 

 

 いつものように電車を降りて、俺は焦った。

 

 

 

 

 

 今日は風が強い。

 

 

 

 

 

 ここに来るまでに、たくさんの花びらが風に舞い上がるのを見た。

 

 

 空に、くうに、淡いピンクが舞って、もう、来てしまうと。その時が来てしまうと、俺は焦って、走った。

 

 

 

 

 

 走って走って走って。

 

 

 汗だくになって。

 

 

 

 

 

 さくらが。

 

 

 

 

 

 散る。

 

 

 風に吹かれて。

 

 

 散ってしまう。

 

 

 

 

 

 一瞬で巻き上がる、桜吹雪。

 

 

 

 

 

 佐倉さんの家のさくらの木の前。



 ふわっと現れたあなたが消えそうに、笑った。

 

 

 

 

 

「桜海」

「行かないで」

「ごめんね」

「行かないでよ」

 

 

 

 

 

 声が、震えた。

 

 

 

 

 

 抱き締める。

 

 

 強く。

 

 

 

 

 

 行かないで。お願い、ここに居て。俺の側に、ずっと。

 

 

 

 

 

「また会いに来てくれる?」

 

 

 

 

 

 あなたの、震える、声。

 

 

 舞い上がる花びら。

 

 

 

 

 

「行かないで。消えないで、頼むから」

「すき。すきだよ、桜海」

「嫌だ。待って、頼むから」

「待ってる。また来年も、ここで」

 

 

 

 

 

 重なる唇。

 

 

 さくらのにおい。

 

 

 

 

 

「好きだよ、好きだ、あなたが」

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 お願い。

 

 

 

 

 

 

 舞う。

 

 

 

 

 

 春の暖かい強い風が、あなたを連れて行く。

 

 

 俺とあなたを引き離す。

 

 

 

 

 

 あなたはそっと俺の唇に触れて、俺の小指に小指を絡めて。

 

 

 

 

 

 ふわり。

 

 

 

 

 

 ………消えた。

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