第4話 父は爺になる

 秋も深まる頃、シロは魔女と一緒に城に帰ってきた。シロが腕に抱える赤子達を見て、私は仰天した。まさか、旅立って一年もしない間に、シロと魔女が子をなして帰ってくるとは思っていなかった。


「誤解です」

魔女は苦笑した。


「人族も、我々獣人と同じように、子を孕み育ててから生まれるものです。人族の子は特に、生まれてすぐは、寝返ることもできない、弱いものです」

リンクスはそう言うが、リンクスと人族の妻の間に生まれた男児は二人共、戦士となり、城に勤めている。弱々しさの欠片もない。


「お気持ちはお察しいたしますけれど、早合点はいけませんわ」

どことなく、がっかりした様子の妻に、私はそれ以上、なにか言うのを止めた。


 落ち着いてよく見ると、シロが抱えていたのは、豹の獣人の赤子達だった。魔女が背負う背囊で寝ていた子を含めたら、三人だ。全員が、完全に獣の姿をしていた。


「母親がこの子達を生んだら、父親が自分たちの子供が、獣化出来るはずがないと、母親の不貞を疑って。母親は離縁されてしまったのです。魔女の私が、子供達の父親は間違いなくあなただと言っても、聞き入れてもらえませんでした。母親だけでは、三人も育てられないと相談されたのです。乳離れするまで、育てたら、自信がつくのではと思って、しばらく一緒に暮らしていたのですが。結局は、三人とも私達で引き取ることにしました」


 豹の子供達の両親が、荒れ地を耕す農民だと聞いて、私達は驚いた。完全に獣化出来るのは、獣人の中でも能力が高い者、つまりは貴族だけの、いわば特権だと考えられていた。


 獣人の常識を、人族である魔女や、魔女に育てられたシロは知らないのだと思い知った。たった三人の赤子の存在で、全てが変わるわけではないが、私達が常識を疑うきっかけになった。


 私達の常識を揺さぶった豹の赤子達は、愛らしかった。幼い頃の子供達の姿が重なった。孫たちが、兄や姉を気取るようになり、少し成長したことが、微笑ましかった。


 冬の間、シロと魔女は、城で過ごした。魔女が受け継いできた知識に加え、旅先で得た知識を、二人は記録していった。


 その間、豹の赤子達は、覚束ない足取りで、城や庭を歩き回り、城内の者たちに可愛がられ、元気に育っていった。豹の赤子達を可愛がる魔女の姿に、シロがいかに愛されて育ったのかと、私と妻は知ることができ、安堵した。


 春、シロと魔女は、豹の子供達を連れて、旅に出た。

「産んでくれたお母さんと、産ませてくれたお父さんに、元気に大きくなりましたって、会いに行くよ」

育てられないと、子供達を手放した親を気遣う魔女の言葉に、シロを拾ってくれたのが魔女で良かったと私達は思った。


「まじょはおかあたん、ちあうの」

「ちあうの」

「ちおたんは」

首をかしげた豹の子供達に、魔女が笑った。

「魔女は育てのお母さん。シロは育てのお父さん」


「ちょあてのおかあたん」

「ちおたん、ちょてのとーたん」

「あい」

子供達なりに、納得したらしい。次とばかりに、豹の子供達が、一斉に私を見つめてきた。はて、どうしたものかと思ったときだ。


「ちょてのじーちゃま」

「ちょあてのおじーたま」

「あっこしてくなちゃい」

舌足らずで甘えてくる子供達に、私は威厳を保つことを止めた。三人まとめて抱き上げてやると、声を立てて笑い、喜んでくれた。


 シロと魔女は、国中を巡り、ときに人族の国にも行った。冬は必ず城に帰ってきた。

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