幕間 育ての祖父母は忙しい
「統治者は民の声に耳をかたむけるべきであると、昔から言うではないか」
「えぇ。おっしゃるとおりですわ」
自分でも言い訳だと、わかっている。たがしかし、冬の間、私は祖父として忙しい。無論政務を怠ることなど無い。無いが、他のことに時間を使っているのも事実だ。
「お気になさらずとも、貴方を責める人はいませんよ」
冬、祖母として忙しい妻の言葉に、私は頭の中でむくむくと育つ仕事をせねばという気持ちを放り出すことにした。
私達が育ての祖父母になってやれるのは、冬だけなのだ。
「あのね、あのね蜂蜜をとりにいくからってね」
「そうよ。蜂に刺されたら痛いのに」
「だって、採れたてが美味しいのに」
「珍しい薬草が崖にあったの。それでね」
「ちょっとお兄ちゃんが格好良かったの」
「ちょっとじゃないだろ。ちょっとじゃ」
冬、私たち夫婦は、旅から戻ってきた息子夫婦の養い子たちの育ての祖父母として、とても忙しい。
熊の兄が、兎の弟を蜂蜜とりに連れていこうとして、危ないから狐と狸の姉妹が止めたとか。
崖に生えてる薬草を採りに行った羊の弟が、降りられなくなり、山羊の兄が助けに行ったとか。
巣から落ちた小鳥の雛を、猫の妹と栗鼠の兄が協力して巣に戻してやったとか。
数々の冒険譚を口々に語る孫たちの話し相手の座は、なんとしても死守したい。
「それでね、うんとね、あのね」
孫たちの話はまとまりが無く、一度聞いただけてはさっぱりわからないことが問題だ。だが、それすらも愛おしい。
「あ、あ」
両手を高く挙げて抱き上げてくれとねだる幼子も可愛らしい。
「あら、お祖父さまにだっこしてもらったの。良かったわねぇ」
豹の三つ子の長女たちもすっかり大きくなった。シロと魔女に愛されて育った三人は、優しく美しい女性に育った。育ての祖父母の贔屓目かもしれないが、三人とも本当に良い子だ。育ての母である魔女の教えをうけ、立派な薬師に育ってくれた。三人とも本当に素晴らしく良い子だ。育ての祖父母はとても嬉しい。
三人への求婚者も引きも切らずに押し寄せるのだが、なにせ育ての親が、あの二人である。育ての母は人族としては規格外の魔女だ。その魔女に求婚するために、シロは戦士となった。その結果、二人の子供たちは、実の子も育ての子も、女性に求婚するには戦士とならねばならないと信じている。
「私たちのお父様は、戦士になってからお母様に求婚したのよ」
シロをけしかけたのは私だ。戦士となるのは狭き門をくぐり抜けねばならぬ。今の若者たちには若干すまないと思う。
「向上心があるのはよいことです」
妻とリンクスは涼しい顔をしている。
三人の求婚者たちが乗り越えなければならない課題は他にもある。
「私たち三人をきちんと見分けてくれなくては。だって、お祖父様もお祖母様も冬の間しか私たちと会わないのに。私たちが本当に小さい頃から、きちんと区別して下さったわ」
赤ん坊の頃から知っているのだから当然だ。片言の頃から性格が違って、色々なこと言うから本当に可愛らしかった。
可愛い育ての孫娘たちが、結婚してくれたらとても嬉しいが想像するだけでとてもさみしい。
「どうして私たちを間違えるのかしら」
「こんなに違うのに」
「似てはいるけど、間違えるほどではないと思うのよ」
沢山の弟たちと妹たちに囲まれて、今日も三つ子たちは首を傾げている。当然だが、弟たちと妹たちは、三つ子を間違えたりなどしない。
「こんなに小さな子どもたちでもわかるのに」
「なぜかしら」
「不思議ねぇ」
育ての祖父母は、育ての曽祖父母になれる日を心待ちにしている。
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