第3話  父は寂しい

 戦士となるための儀礼を乗り越えられるのは、数十人に一人だ。人族の土地で、人族に犬として育てられた末息子には、まず無理だろうと私は思っていた。獣人としての生き方を学ぶ切っ掛けになれば、それで十分だった。


 信じがたいことだが、末息子は、シロは、たった数年で狭き門を、難なく通り抜けてしまった。


「シロちゃん、一人前になった」

シロは、甘えた口調で嬉しそうに、旅から戻った魔女に報告をした。相変わらずのシロに私は脱力した。


 戦士であることは、まごうことなき一人前の獣人である証となる。だが、戦士であることが一人前だというならば、多くの獣人が半人前になってしまう。戦士となっても結局のところ、シロは獣人の習慣を今ひとつ、理解していないらしい。私は正直がっかりした。


 シロが一人前の戦士となったことを、魔女は祝福した。魔女の祝福に、誇らしげな笑みを浮かべたシロが続けた言葉に、私は衝撃を受けた。


「魔女、シロちゃんを、魔女のお婿さんにしてください」

シロの口から飛び出した言葉を、唐突だと思ったのは、私だけだったらしい。私以外は誰も、驚いていなかった。


「私の名前を教えてあげる」

魔女の返事の意味を、私達は理解しなかった。だが、大喜びではしゃぐシロの姿に、それが承諾の返事だということはわかった。


 末息子、シロが戦士となり、妻を得たことは、本来喜ぶべきことだ。二人のために宴が開かれ、沸き立つ城内で、寂しい思いを噛み締めたのは、私だけだった。


「父親である私に、前もって一言くらい、何か言うべきだとおもわないか」

私の愚痴に妻は苦笑した。

「ですから、あの子は、あなたが思っているよりも、計算高い子だと、申し上げたではありませんか」

「シロ様は、育ての親の魔女様の、親心に付け込みたいときに、自らのことをシロちゃんとおっしゃって、甘えておられますからな」

前からこうなることはわかっていたと言わんばかりの妻とリンクスに、私は恨み言を言う気力すら失せた。


「シロは良いのかそれで。いつまで経っても、可愛がられるだけで、良いのか」

「御心配なさらずとも、シロはあなたが思っておられるよりも、計算高いと申し上げたでしょう。大丈夫ですわ」

母親に計算高いと言われるシロに懐かれてしまった魔女が、私は少し哀れになった。


「魔女はそれでよいのだろうか」

私はリンクスを見た。


 魔女は、人族ではあるが、特定の群れには属さず旅をして生きる稀有な存在だ。同じ人族であっても、リンクスの妻と魔女が違うことは分かっているが、私はリンクスの意見を聞きたかった。

「魔女様は、シロ様を大層可愛がっておられますからな」

リンクスが返事をするまで、少し間があった。


「心配なさらずとも、大丈夫ですわ」

妻は私を見て、優しく微笑んでくれた。安心したが、安心した自分に、私は少し驚いた。これでは私が妻に頼っているようではないか。私は妻に頼りにされているはずだ。

「どうなさいましたの」

不思議そうにする妻に、私は微笑み誤魔化した。

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