第19話 旅は道連れ世は情け1

 一人と二匹の旅に、一頭が加わることになった。驢馬だ。


 獣人の国は北にある。私の歩く速さで移動をしていたら、地面が凍り、吹雪が吹き荒れる季節になり、移動できなくなるとリンクスさんが判断した。


「驢馬を一頭、分けてもらいたい。鞍や手綱もあると助かる」

リンクスさんが、男と交渉している間、私は手持ち無沙汰だ。驢馬の周りを跳ね回っているシロをぼんやり眺めていた。驢馬は、シロを怖がったり避けようとしたり、無視したりと様々だ。


「あの驢馬にしてもらおうか」

シロが、一頭の驢馬をこちらに連れてきていた。

「相性が良さそうだ」

「あんな小さいので良いのか」

「乗るのは、こちらの魔女様だ」

「あぁ。なるほど」


 シロが連れてきた驢馬を、私は撫でてやった。これからこの子とも一緒に旅をするのだから、仲良くしておきたい。少なくともシロとは仲良くできそうだから、安心だ。驢馬を構ってやっていると、シロも構って欲しくなったらしい。私は、少し乱暴にぶつかってきたシロの頭を撫でてやった。


 驢馬の対価は、悲しいことにあの狼の毛皮だ。驢馬を譲ってくれた男は、良い毛皮をもらったからと、鞍も手綱も、驢馬の毛を梳かすブラシも、蹄を手入れする道具も、当面の餌もつけてくれた。驢馬の乗り方も教えてくれた。とても助かったが、狼の毛皮を手放すのは悲しかった。


 シロが居ない寂しさを紛らわせてくれたあの手触りが、もう無いのだ。毛皮を敷いて、シロと一緒に寝ると、とても暖かかった。それなのに、シロが毛皮に嫉妬し、リンクスさんもシロの味方をして、私は渋々手放すことになった。


 昨夜、驢馬の対価を何にするかの話し合いで、シロの我儘が炸裂した。

「シロちゃんも、暖かい!」

シロは、犬の姿にもどって、吠えて地面を叩いて、ひっくり返って大暴れした。毛を梳かしてやる私の身にもなって欲しい。毛皮を手触り良く保つのは、簡単なことではない。


「シロちゃんがいるから、魔女は、毛皮は要らない!」

シロは、普段は自分をシロというのに、我儘を言うときだけ、シロちゃんと呼ぶ。

「要らないの!」

小さい頃のシロは、賢くて、あまり我儘を言わない良い子、仔犬だった。

「どうしたの、シロちゃん」

拗ねて返事をしないシロを、私はそっと抱きしめてやった。シロは、仔犬のころから、こうしてやると落ち着くのだ。


「同じ狼の毛皮ですから、面白くないのですよ」

リンクスさんの言葉に、私は驚いた。

「シロちゃん、狼だったの」

「シロちゃん狼、犬じゃない!」

「だから、手触りが一緒だったのね」

「シロちゃんいるから、毛皮は要らない!」

せっかく落ち着いていたシロが、私の腕から逃れ、また暴れ始めた。


 ある人は、子供は甘やかしてはいけないという。別の人は、子供はかわいがってやるべきだという。人が人を育てるときすら、矛盾が沢山ある。人が仔狼を育てるときは、どうすべきなのだろうか。


「シロちゃん」

私が呼ぶと、拗ねた顔のまま、すり寄ってくる。シロが、家族のところに帰ったら、私はまた一人になるのに。

「魔女は、シロちゃんいるから、毛皮は要らない」


 結局私は、シロに負けた。


 狼の毛皮と交換で手に入れた驢馬の背に、私は跨った。驢馬の手綱をシロが咥える。リンクスさんは、猫になって、私が背負う背囊の中に収まった。リンクスさんは楽だし、私は暖かい。


「さ、シロちゃん。お家に帰ろう」

「うん。魔女も一緒」

シロが、バサバサと乱暴に尻尾を振った。

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