第11話 山猫

「そこまでになさいませ」

突然聞こえてきた低い声に、シロと同じ色の魂を持つ少年が、口を噤んだ。

「怯えておられるではありませんか」


 少年は、不機嫌そうな顔のまま、私から手を話した。

「坊ちゃまが、ご迷惑をおかけしました。誠に申し訳ないことでございます」

初めて聞く、丁寧極まりない口調で、初老の男性が、私にむかって頭を下げていた。


「あの山猫は、あなた」

「はい」

私は魔女だ。魂の色が、山猫と同じだった。顔をあげた男性の瞳は、猫と同じ縦型の虹彩をしていた。少し暗くなりつつある今、糸のように細いのではなく、少し丸みを帯び、本当に猫のようだ。

「さすが魔女様。よくお分かりになりましたな。私のことは、リンクスとお呼び下さいませ」

人の良さそうな、いや、猫の良さそうな笑顔に、私の緊張は解れた。


「当たり前だ。魔女なんだからな」

少年が、私の横でふんぞり返る。


「何年もお世話になりながら、坊ちゃまが、失礼をいたしましたぁっ」

「痛い!」

流石というべきか、年齢を感じさせない素早さで動いたリンクスさんに、シロと同じ色彩の少年は、頭を掴まれ、強引にお辞儀をさせられていた。


 少年の身近に、彼をきちんと叱ってくれる人がいることに、私は安堵した。


「ありがとうございます。リンクスさん。お名前を教えていただいたのに、申し訳ありませんが」

「はい。人族の習慣は存じ上げております。魔女様。魔女様は、魔女となられた後は、名前をお使いにならないと聞いております」

「えぇ。おっしゃるとおりです。魔女とお呼びくださいましたら結構です」

私は獣人の習慣を知らない。少年の、教育係らしい男性が名乗った、リンクス、山猫を意味する言葉が、本当の名前かも解らない。


 親しげに微笑むリンクスさんと、身にまとう色と魂の色は同じだけれど、犬ではなくなってしまったシロに、私は、どう接したら良いのかわからなかった。

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