第5話 山猫との攻防

 魔女は旅をする。気に入った町には家を出して、暫く暮らす。旅の間は小さな天幕を張って雨風を凌ぐ。一人で天幕を張るには、慣れが必要だ。

「コツを忘れたな」


 一人前の魔女なのに、情けないくらい手間取って私は天幕を張った。仕方ない。シロが手伝ってくれることに慣れてしまっていたのだ。賢いシロは、天幕の張り方を覚えて、手伝ってくれた。得意げに尻尾を振って、自分が役立ったことを一生懸命に主張し、褒めてやると、喜んだ。


 シロは賢かった。旅の仲間として最高だった。だから、おかしいと気付いた。天幕を張る手順を覚えて手伝うなど、犬に出来るとは思えなかった。


 天幕を張る度に、悲しくなる。ようやく張り終えた天幕に潜り込むと、寝床を用意し、手に入れた狼の灰色の毛皮を敷布にして、私は横になった。シロと似た手触りの毛皮を撫でて、私は目を閉じた。


 獣人と人が暮らす町を後にしてから随分になる。シロは元気だろうか。獣人の国で、どんな風に暮らしているのだろうか。シロの前に跪いていた人々と、シロは再会できたのだろうか。家族は無事だったのだろうか。会えたのだろうか。一度だけ見た、白い髪の少年は、どんな顔だったのだろうか。


 答えの出ない問いが、頭を巡る。考えるだけ無駄だ。私は狼の毛皮に頬を擦り付けた。シロそっくりの毛皮に、寂しさが薄まり、寂しさが強くなる。


 あと数日で、人が暮らす町に着く。山猫も、きっとついてこないだろう。毎晩、天幕を張る頃に現れて、人の天幕を勝手に風よけにしている山猫のことを私は頭から追い出した。あれ以来、私は食べ物を山猫に分けてやっていない。そもそも野生だ、自分で狩りが出来る獣だ。狩りの出来ない人間が、肉を分けてやる必要はない。


 ずる賢い山猫は、決して天幕には入ってこない。あくまで風下側に陣取り、風よけにするだけだ。追い出すのもバカバカしいから放置している。シロがいたら、追い払ってくれただろう。シロが居なくなってから、シロの事を考える事が増えた。シロと同じ手触りの毛皮を、そっと撫でた。

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