08.あれ本気で言っていたんですか?(1)
***
ノーマンが去った後、ずっと部屋の外で待っていたコンラッドに何があったのかを説明。大して時間は掛からず、今はロビーを目指してベリルと共に廊下を進んでいる。
「この依頼、受けてよかったのか? 報酬の割に必要最低限の内容しか書かれてねえな」
「やっぱりベリルは反対だった?」
「普通に断るつもりだったのに、お前がとっととクエストを引き受けたんだろうが。……ま、最初から断らせるつもりはなかったとも言っていたが」
「そう。私もこのクエストは拒否できなかったと思う」
「さっきも言ったが、ノーマンさんは強かな吸血鬼だ。このクエストも、ただ護衛を連れて隣町に行って帰るだけだとは思えないな。注意しろ、怪我じゃ済まない予感がする」
一つ頷く。
護衛対象が手練れの暗殺者にでも狙われているとか、嫌な妄想は尽きない。報酬がよくなければあの手この手を使って拒否したくなるような胡散臭さだ。
「護衛対象、女性らしいけれどどんな人なんだろう」
「さあな。深入りはしない方がいいぜ。この対象者がヤバい奴のパターンもあり得るからな。所詮は日雇い労働者のギルドに仕事を丸投げするのも怪しさ満点だしな」
「報酬がいいのも恐いね」
「そうだな。説明されてない危険があると警戒するべきだ」
などと話をしている内にロビーへ戻って来た。
エルヴィラ達の座っている卓を見、そしてグロリアは首を傾げた。
「誰かいる」
「ああ? ……マジで誰だよこいつは」
友好的な笑みを浮かべて勝手にソファの片側に腰かけている吸血鬼の男。今日は吸血鬼族に縁がある日だ。
見た事のあるような顔だが、どこだっただろうか。全然思い出せないし、当然の如く当然だが名前も一切出て来ない。本当に見た事がある顔なのかも怪しくなってきた。
隣で既にイライラし始めているベリルの存在も気掛かりで、頭が上手く働かない――
テーブルまで戻って来たので、一先ず男と同じく友好的に見えるエルヴィラへ声を掛ける。ジモンも苛立っている様子なので、今一番まともな会話ができそうなのは先輩だけだ。
「先輩、戻りました。この人は?」
「あ、グロリアとベリル。お帰り!」
――と、何故か吸血鬼の男もまるで旧知の仲かのように気安く片手を挙げた。
「ああ、丁度良かった。待ってたんですよ、グロリアちゃん」
「……誰?」
非常に親し気だ。まさか忘れているだけで、このように挨拶するような間柄だったのだろうか。そうだとしたら記憶の片隅にも残っていないのが恐い。
苛々のオーラが凄いベリルが、ジモンに剣呑な声音で尋ねる。
「おい、何だこいつは」
「俺にも分からないんですよ。お嬢の知り合いじゃねぇんで?」
「誰、つってたぞグロリアは」
「えぇ……」
ここで唯一態度がまともなエルヴィラが困惑したようにグロリアと男の両方へ視線をやった。
「グロリアに忘れられていない? ジャスパーさん」
「ええ!? そんな、この間よろしくしたばっかりなのに」
わざとらしい上、大袈裟に悲しみを表現する男をおろおろと見やる。恐らく相手には自分の表情など一切変わっていないように見えているのだろう、すぐに大袈裟な悲しみを仕舞った彼は肩を竦めた。
「もう一度名乗るけれど、俺はジャスパー。この間、君達が割り振られた緊急クエストの説明をする時にその場に一瞬だけいたんですけど。まあ、忘れてるみたいで」
「……ああ。リッキーさんと一緒にいた」
「そことはセットにしないで貰いたいかなあ……。別に大した交流がある訳でもなくて、偶然同じ場所にいただけなんで」
ともあれ、そこまで説明されてようやく存在だけは思い出す。
揉めた事が記憶に残っているからだ。尤も、ジャスパーの顔や名前は生憎と失念したままなのだが。
その薄すぎる反応にジャスパーがやはり大袈裟な傷付いたアピールをかましてくる。
話の成り行きを見守っていたベリルはそれを一切合切無視し、苛立った様子のまま不審な人物へ言葉を放った。
「で、てめぇは何の用だよ。こっちは忙しいから、何か用事があるなら早急に済ませろ」
「竜人こわ……」
大仰に怯えた様子を見せるジャスパーの態度を相性諸々の観点で危険と判断したジモンが即座にベリルの問いに応じた。こういう時のフォロー力は見習っていきたい。
「それが……パーティに入りたいと寝言をほざいていまして。どうします? 俺はお嬢の意見に従いますが」
「ああ?」
――そういえば、パーティに所属していなくて云々みたいな事を言っていたかも。
とはいえ入りたいというのはその場の社交辞令、冗談の類だと思ったので今までそんな会話をしたのですら忘れていた。まさか意外にも本気で加入を考えていたのか。
そして彼のパーティに関する話を思い出した事により、芋づる式に嫌な方の噂も思い出す。確かそう、彼は前所属パーティの時、ギルドから失踪しただのなんだのと言われていなかっただろうか。
ただでさえ4人という少なめの人数で運営している状況で、1人失踪されると容易に予定が狂う。彼に関しては手放しに歓迎できないかもしれない。
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