07.はじめての指名クエスト(3)

 ひとしきり親戚間のやり取りに似た会話を繰り広げたノーマンが仕切り直すかのように話題を軌道修正する。


「それじゃあ、本題に入ろうか。勿論ここに世間話だけをしに来た訳ではないからね」

「ええ」


 頷くと少し面白そうにノーマンが小さく笑いを漏らした。


「そうか、グロリアがパーティのリーダーだったね。よろしく頼むよ」

「――それで、依頼は?」


 痺れを切らしたベリルが訊ねる。一つ頷いたノーマンは肩の力を抜いた様子のまま、話始めた。


「ゲオルク殿はやり手だね。本当は君達がセレクションに入る前に依頼をしてしまおうと思っていたが――そうはいかないな。指名クエストで依頼を行うよう言われてしまったよ。おめでとう、もう《レヴェリー》のトップランカー入りしたんだね」

「ノーマンさん、少しタイミングが悪かったな。ついこの間、昇進だか昇格だかしたばっかりだ」

「そのようだ。ま、いいよ。よく分からないAランクパーティに頼む訳にもいかない。被害が金だけで済むのならば安いものさ。君達にお願いしたいのは、護衛だね。何者なのかは聞かないでおくれ」

「護衛……」

「ああ。とある女性を隣町にまで護衛して、そして王都に戻って来てほしいんだ」


 護衛任務の内容そのものは他と遜色ない。

 違和感があるのは依頼者自身だ。王城の――それも人事長様ともなれば、騎士でも何でも借りればいい。素人に毛が生えた程度のギルドの人員を使用する理由が分からない。

 それはつまり、キナ臭いクエストだという証左だろう。騎士を迂闊にレンタルできないような。


 案の定、眉根を寄せたベリルが探るように尋ねる。


「……情報はそれだけしか貰えないのか?」

「うん。これだけ」


 そう爽やかに言ってのけたノーマンへ、グロリアは視線を向けた。目がばっちり合った彼は、どこでもないようなどこかへ視線をやった後、小声で続ける。


「……これは独り言なのだけれど。彼女の護衛は諸々の事情で城の騎士を充てられないんだ。わざわざ高額なレヴェリー・セレクションに依頼をしたのも、何かあれば困るからだね」


 露骨にこれ以上は聞くなと言わんばかりだ。

 変な沈黙が室内を支配する中、グロリアは緩やかに考えを巡らせる。


 まずそもそも、クエストを断る事は出来ない。相手は国のお偉いさんであり、《レヴェリー》から見ても逃してはならない太客。

 机上にまだ触れられる事無く置かれている依頼書に書かれた金額も破格だ。指名クエストだというのも勿論あるが、報酬に色を付けてあるのは一目瞭然。ゴルドの単発クエストよりも支払いがいいと思われる。

 そして同時にその依頼書と人事長と言う立場、正体不明の護衛対象――隣町へ行って帰って来る間に何事も起こらないはずがない。腹を括る必要がありそうだ。


「おう、どうするよグロリア。正直、いくらノーマンさんとは言え重そうなクエストだが」

「君は本当に遠慮を知らないね。流石は竜人」


 ――ベリルは乗り気じゃなさそう。

 ただ残念ながら断る事は出来ない。《ネルヴァ相談所》のように緩く運営されているギルドではないのだ、《レヴェリー》は。

 ここでこの人事長なる依頼人を追い返そうものならば、余計なトラブルに発展しかねない。


「ノーマンさん、そのクエストを受けます」

「話が分かるね、グロリア。本当に助かるよ」


 大丈夫かこれ? と言いたげな視線が突き刺さる。当然、視線の主はベリルだ。

 だが勘弁してほしい。人間社会は案外と複雑で、このような駆け引きは日常的に起こるものなのだ。オーガニック竜人には分からない世界なのだろうけれど。


「具体的にはいつから依頼を始めたらいいですか?」

「明日にはギルドに彼女を向かわせるよ。ああ、私は忙しいからこの後、君達とまた顔を合わせる事は無いかな。大丈夫、護衛対象の彼女もしっかりしている子だからね」


 それを聞いたベリルが困惑したように首を傾げる。


「随分と急だな。断られたらどうするつもりだったんだ」

「大丈夫だよ。これでも人事長だからね、端から断らせるつもりはなかった」

「へえ」


 不満そうな竜人を豪快に笑い飛ばした人事長様がソファから立ち上がる。

 本当に忙しいようだが、他に話すべき事があるのではないだろうか。グロリアの考えを読み取れたのか、ノーマンが苦笑し首を横に振る。


「忙しくてね、今日は私はここにいる予定じゃないんだ。ギルドへ来る前にゲオルク殿とはやり取りをしている。報酬はこれで固定だ。よろしくね」


 口にするのも憚られる巨額の報酬を紙1枚で支払うと言ってのけたノーマンが微笑む。報酬は良い。全く悪い数字ではない。

 故に気味の悪い違和感を覚えつつもそれ以上の言及は許されなかった。

 諸々の質問を口にするなと言う、口止めの意でもあるのは想像に難くないからだ。


 よってグロリアは――常ではあるが――結局、何も質問出来ないままノーマンと別れた。ベリルでさえ桁が一つは多いであろう報酬を見て絶句していたので、恐らくは人事長様の思惑通りである。

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