06.はじめての指名クエスト(2)

 ***


 コンラッドに案内されたのは、読んで字の如くVIPルームだった。

 この部屋に招待される依頼人などかなり限られる。例えば、《レヴェリー》へ多くの支援金を出しているゴルドなどだ。余程の乗客でない限り、通されるのは一般的な会議室だとか多目的室である。

 その事実に気付いたグロリアは緊張でぐったりと溜息を吐いた。尤も、周囲にはまるで感知されていないだろうが内心は大荒れである。粗相をしでかせば、物理的に首が跳ぶ事だろう。短気な客でない事を祈るばかりだ。


 ドアを通り抜ける気が微塵も無いコンラッドが足を止めた。固く閉ざされたドアを前に恭しく一礼する。


「それじゃあグロリア、失礼の無いようにね。とても高貴なお方だから、出会った事を外部へ漏らさないように注意してくれ」

「……はい」


 内心の緊張感とは裏腹に、返事だけは淡々と喉から押し出される。

 本当は慌てふためいているが、当然グロリアの心中はこの場にいる何者にも伝わらなかった。


「行くぞ、とっとと終わらせて解散しようぜ」


 事の重大さを理解していないのか、それとも種族柄による傲慢さか。ベリルはいつものペースを崩さず、誰よりも先にドアノブへと手を掛けた。

 緊張感もへったくれもなく、失礼にならない程度に大人しくドアを開け放つ。


「――やあ、待っていたよ」


 先に反応を示したのはVIPルームの「高貴な」人物だった。

 柔和に目を眇め、敵意の無さを全面的にアピールしている。それでいて、隙のようなものは一切見つけられない。穏やかな権力者のような圧だ。そしてそれは、恐らく間違っていないだろう。

 そして何よりも気掛かりなのは――このVIPなお客様が、こちらの事を知っているような雰囲気を醸し出している事だ。彼は誰だっただろうか。どことなく、誰かに似ているような気がしてならない。


 そんなグロリアの疑問への答えは意外な事にベリルが行った。


「ノーマンさん?」

「……?」


 知り合いか、と目線で問い掛ける。十数年来の付き合いだ。すぐにこちらの疑問を汲み取ったベリルが補足説明を口にした。


「いや、お前も会った事があるだろう。所長の甥御、ノーマンさんだな」

「……ああ」


 所長の甥という、意外なコミュニティに目を細める。改めて目の前の男を観察すれば、成程確かに吸血鬼だ。知っている吸血鬼よりも随分と顔色が良いから、ネルヴァの情報に結び付かなかった。

 彼とは一度か二度程、顔を合わせた事がある。いずれもグロリアが幼い頃で、ここ最近はまるで会わなかったので忘却していた。人の顔と名前を覚えるのは苦手なのだ。


 グロリアの反応に苦笑を漏らしたノーマンは、ジェスチャーでソファに腰かけるよう促した。ベリルが遠慮なく座ったのを見やり、グロリアもまた彼の隣に腰かける。


「久しぶりだね、二人とも。グロリアは本当に大きくなった、こんなに小さかったのに……。ヒューマンの成長は早いな。ベリルも、久しぶりだね。君はなんとなく上手くやっていると思っていたよ。相変わらず、グロリアの世話をしているんだね」

「……」

「グロリアは私を忘れていそうだから改めて名乗ろう。ノーマン・ネルヴァだ。君達の所長の甥だね」


 ノーマンはそう言うと温和そうな笑みを浮かべて見せた。完璧なビジネスマンと言ったところか。誰もが好意的に受け取りそうな、そんな雰囲気作りである。

 同時にすっかり忘れられている事は分かっていたらしい。自分以外の《相談所》メンバーを求めたのは正しい判断だ。これでは話がスムーズに進まなかっただろう。相手が上手である。

 また、叔父の経営していた《相談所》のメンバーであるという事情を差し引いても、ノーマンの態度は友好的だ。少なくとも表面上は。


 グロリア、とここでベリルが粗相をしでかす前にというニュアンスでノーマンについて簡単に説明してくれた。


「お前は小さかったから知らないだろうが、そもそも吸血鬼のネルヴァ血統は王城の人事を代々務めている。ノーマンさんは現在における王城の人事長だ。まあ、当然偉いから下手な真似はするなよ。俺も流石に国単位からお前を庇うのは難しい」

「しないよ……。所長の血縁者なんだよ、当然でしょう」

「いやそこ? そういう話じゃねえ……」


 ともあれ、大層なVIPがわざわざギルドにまで足を運ぶというのは如何なる用事だろうか。そちらの方が不安である。しかも、指名クエストまで使用。恐ろしい無理難題を吹っかけてきたらどうしようか。

 そう考えると途端、緊張感が増した。胃腸に優しくない空間だ、早く用件を済ませてほしい。

 ちら、とベリルを見やる。彼は全く緊張も何もない様子だった。恐ろしい程にいつも通りである。どんな神経をしているんだ。


 偉人という感覚をあまり感じさせない態度でノーマンが微笑む。

 旧友を前にしているようでもあり、敢えて圧力を隠しているような不思議な心地の人間だ。


「ともかく、また君達に会えて嬉しいな。叔父から話は色々と聞いているし、何度か《相談所》にはお邪魔したからね。いやあ、それにしても大きくなって……グロリア。親戚のおじさんみたいだね、私」


 ――凄く世間話してくるじゃん……。

 過去の自分は彼とどう接していたのだろうか。反応に困るタイプなので、現在と変わらない気がしないでもない。

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